祈り

2011年7月11日 (月)

支援物資をありがとう♪

Photo 関東も東北も梅雨明けして、日本中すべてが夏本番。

もう梅雨が明けちゃったの?って言うくらい、

今年は梅雨明けが早かったですね。

節電&節水の夏ですね~。

今日も暑かったですね。お元気でお過ごしですか。

私は持つべきものは、恩師とお友達と実感する日々です。

7月1日のブログでも書かせていただきましたが、宮城県石巻市湊地区周辺へ支援物資を送っています。

早速、友人達が呼びかけに応えてくれて物資の寄付をしてくれています。

中には「直接お手伝いに行けないので、郵送料に使ってください」と義援金をくださったり、

マンションの住人の方に呼びかけて物資を集めてくださったりと支援の輪を広げてくださり、

また、「靴を担当する!」と言って、靴探しに奔走してくれたり。

みんな、本当にありがとう!

人の温かさにホロリとするばかりです。

鳥取県の森脇香苗さん、どうもありがとうございました。

直接、お礼をお伝えする術がないので、ここでお礼を言わせていただきますね。

長期の支援になりますので、ふと思い出したときにご支援いただければ嬉しいです。

被災地からは、歯ブラシ1本でもありがたいとのことです。

3.11以来、私たちの大切なものの優先順位が変りましたね。

“安全安心、命を大切に”という当たり前のことがどれだけ大切か。

何の変哲もないような日常がどれだけ幸せなことか……。

誤解を恐れずに言っちゃうと、管総理は不信任案が否決されたので、

「もう怖いものはないぞぉ」という感じで、脱原発に進んでいる気がします。

送電線分離化を言い出してから、特に管降ろしの風が強くなったように思います。

原発のストレステストは当たり前だと思うし、全て想定外のことが起こっているのだから、

「原発は安全」なんて、もう言っていられない。

利権より、命と安心な暮らし、地球環境が大事ですよね。

管総理には粘りぬいて頑張って欲しい。応援しています!

Photo_2 今日で大震災から4ヶ月。

先日の東北3県震度4の地震で「あの日を思い出した」と言って

泣いていたお母さんの顔に胸が痛みます。

壊れていないきれいなお家があるのに、避難所で暮さなければいけない福島の避難区域の住民の方々……。

少しでも事態が進展して希望の光となりますように。

祈ることしか出来ないけれど、祈りのパワーは時空を超えて形になると信じて、

心を寄り添わせています。

天に星 地に花 人に愛 全ての被災地が平安でありますように 

2011年6月19日 (日)

父の日に寄せて

Photo 今日は父の日ですね。そして昨日は大震災で犠牲になられた方々の

百か日法要でした。

いつもならば少し照れくさい笑顔を浮かべながら

「お父さん、ありがとう」と言っていた子どもたち。

嬉しそうにプレゼントを受け取るお父さん……。

今年はお父様を亡くされたご家族が多く、

胸の痛む父の日になりました。

悲しみと思い出の深さにお父様の姿を求め、天に届くほどの想いで

「ありがとう」と伝えられたことと思います。

お父様がご無事でいらっしゃった方は、ことさら感謝の想いを深められたことでしょう。

肉体としての姿がなくても、ありがとうの想いは光です。

その思いは必ず届き、降り注ぐ光のごとく、愛する家族を見守ってくれていると信じています。

祈りは光です。ただ愛のみ、感謝のみです。

私には二人の父がいます。ひとりはこの世に私を生み出してくれた父。

反面教師として悪役を務め、私の精神性を高める役割をしてくれました。

すでに天に召されています。

もうひとりの父は、私を娘にしてくれて愛し養育してくれました。

この父がいなかったら私は幼い頃に天に還っていたでしょう。

今年は欲しいと言っていた夏のカジュアルシャツをプレゼントしました。

どちらも大切な父です。

深きご縁によって結ばれた今生の家族に、ありがとうの想いが深くなります。

Photo_3 お父様を亡くされた方へ、私も心を込めて祈り、

天のお父様へ感謝を捧げさせていただきます。

来年の父の日には、笑顔をたくさん見せられるように、

みんなで一歩づつ歩んで行きましょう。

お父さん、ありがとう。

2011年6月11日 (土)

大震災から3ヶ月…新しい動きが出ています

Photo 大震災から今日で3ヶ月が経ちました。

各地で黙とうが捧げられ、悲しみを新たにしました。

犠牲となられた方々へ心から鎮魂の祈りを捧げさせていただきます。

宮城県石巻市の日和山公園の神社では、「復興祭」と題した和太鼓の演奏会が催されたそうです。

約100人のたたき手が集まり、犠牲者追悼と復興への願いを込め、海に向け、和太鼓を力強く打ち鳴らしました。

「行方不明の方々が、がれきや海の中におられるので気持ちを込めてたたいた。被災者にはこの演奏で元気を出してほしい」と祈りを込めて。

現実を見つめ、悲しみを受け入れるのは、とても辛いことです。

3ヶ月経って、いまだ復興の兆しが見えなくて……。

被災地の皆さんはこれ以上がんばれないくらい、がんばってこられたのだから、無理せず自分のペースを大事にしてくださいね。

そして立ち上がる気力が湧いたとき、手を取り合っていけたらイイナと思います。

早く安心して生活できる日常を取り戻せるよう、政府のプランを待つだけではなく、被災していない元気な私たちも、皆さんの希望の光となるようなことを一生懸命やっていきますね。

今ね、こういうプランがあるんですよ。

【日本人の夢!送電線の国有化を願う1000万人署名】

http://maketheheaven.com/japandream/

てんつくマンさんが発案して呼びかけています。私も署名しました。

内容は、

『私たちは子ども達に安心安全の自然エネルギーを推進するために、

送電線の国有化を望みます。

今、電気の送電線は一企業の独占となっています。

それが電力の民主化、及び自然エネルギーの推進を妨げていました。

もしも、送電線が国有化されていれば、県や市区町村、

企業が独自で電力を創っていて、今回のような計画停電や、

電力が足りないということにはならなかったことと思います。』

それと明日こんな懇談が行われます。

テーマ「自然エネルギーをどう普及するか」

6月12日 14:00~

菅総理と岡田武史氏/坂本龍一氏/孫正義氏/枝廣淳子氏/小林武史氏ら5名の有識者が全編ネットで中継されます。ツイッターで視聴者から質問も受付けます。http://t.co/Y4n04aD

菅総理には最後のご奉公として、義援金が1分1秒でも早く被災者の方へ届くよう、がんばっていただきたいですね。ひたすら応援しています。

私は小さいことですが、新品の夏服を集めて被災地へ送るお手伝いを始めています。

それぞれがそれぞれの立場で出来ることを続けて行きますね。

Photo_2

祈りは時間空間を越えて必ず届き、夢と希望を現実にしてくれると信じています。

祈りの中から新しいヒラメキが生まれてくると思っています。

必ず良くなる、絶対大丈夫!

武田はるか公式サイト

http://www.takedaharuka.jp

2011年4月16日 (土)

大地の神様へ

Photo

被災地の皆様、すべての皆様、ご無事でしょうか。
今日も茨城で震度5強の地震がありました。大震災発生からもう5週間。
未だ止まぬ余震に震源地の皆様の心が折れてしまわないか……。心が痛みます。

大地の神様、お願いします。どうか鎮まり下さいませ。今回の大震災で私たち人類は森羅万象すべての恩恵で生かされていることへ感謝を深めました。
地震大国日本で原発を持つことが自国ならず、世界中を危険にさらすことだと身に沁みて知りました。
どうぞお鎮まり下さいませ。

心の強い人でも心が折れてしまいます。大難を小難にして下さっていると理解はしていますが、あまりにも過酷です。
世界中が日本のために祈ってくださり、私たちも思いやりの心でひとつになろうとしています。
これから復興するための心のエネルギーを失わないためにも…どうぞこれ以上は…大地の神様、お静まりくださいませ。心からの祈りを捧げます。

* 下記、サントリーのCM「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」全バージョン2です。
出演者総勢71名。全てノーギャラ­だそうです。

http://www.youtube.com/watch?v=VCWDjeAvhJY&feature=watch_response_rev

2011年4月 5日 (火)

No50.大震災の当日、帰宅難民となったSさんからのメール

Photo_2 3月11日当日、東京及び近県では電車がすべて止まり、帰宅の足が途絶えました。
会社に泊まれない人は歩いて帰宅するという難行をされました。
私のところへも「泊めてもらえますか?」「泊まる所が見つかりました」など、また多くの方から、「10キロ歩いて帰宅した」「夜遅かったけど、甲州街道を多くの人が歩いていたから怖くなかった」など、無事を知らせるメールをたくさんいただきました。
今回は友人のSさんからいただいたメールを元に、「こんなときだから」について、ご一緒に考えてみたいと思います。

*帰宅難民となったSさんからのメール
私と同年代の友人Sさんから頂いたメールをご紹介します。
『はるかさん、ありがとうございました。地震大丈夫でしたか? 私達は猫共々皆無事です。
あの日は会社から4時間半かけて歩いて帰りました。
大地に感謝を捧げながら歩かせて頂き、そのことにまた感謝でした。
途中、「トイレどうぞ」と書いて貸して下さる教会や、温かいお茶をいれて出してくれる所、大通りの角の喫茶店の窓に、「○○方面の行き方は…」と手書きで3方向の地図を書いて貼ってあったり、最後にうちの近所の無国籍料理のお店の子に無事の報告をしたら、「今夜は朝まで開けておくので、怖かったらいつでも来て下さい」って、みんなに言ってくれたり……。
歩いている人々は粛々と受け止めて黙々と歩いていましたし、出会う人みんな即、出来ることをしていました。送って頂いたYouTubeの通りです! 日本はすごい!
世界人類が平和でありますように  必ず良くなる! 無限なる感謝を込めて』(一部省略)
*送って頂いたYouTubeとは、「東日本大震災~あなたたちは一人じゃない」

http://www.youtube.com/watch?v=IxUsgXCaVtc

Sさんは暗い道をひとりで頭の中にある地図を頼りに、パニックになりそうな心を抑えながら歩き続けたそうです。そのときの様子を先日、「2時間も歩くと気持ちも足も疲れ、そんなときにお茶やトイレ、地図を目にして勇気を貰って歩き続けられた。人の温かさに励まされた」と言っていました。
辛く苦しい面を見れば愚痴ばかり出たことでしょう。心細さに不安に押しつぶされたかもしれません。
でも彼女は自分に「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせ、明るいこと、美しいこと、温かいことに意識を向け、その通りのことを引き寄せて歩いて帰宅していったのでした。
このように思うのは今回が特別ではなく、人の悪口などは絶対に言わない彼女らしい話でした。
「大地に感謝を捧げながら歩かせて頂き」というのも、もちろん大地震を引き起こした事への感謝ではなく、純粋に「大地の神様への感謝」ですね。
そしてSさんは大地に感謝しながら、「大地の神様、どうぞ怒りをお静め下さい。ひとりでも多くの命が助かりますように」と祈っていたことでしょう。

*原発さん、今までありがとう
海に、大地に、山に、空気に火に水に、すべての自然界の恩恵により、この地球の上で生かされている私たちです。大自然の力に人間は太刀打ちできません。小知才覚を持って自然をコントロールなど出来ないのです。
唯一、その土地の先人の智恵を守り、受け伝えていくことが身を守る術になるのでしょう。
誤解を恐れずに言うならば、原発は人災なのではと思います。自然界には無いエネルギーを作り出し、壊れたときに制御できない物を作ってしまった……。
はるか未来の人が記述したならば、「かつての人類は核を用いた装置の力で、日々の恩恵を受けていた。それが壊れたとき、人類はなす術がなかった……。以来、人類は新しいエネルギーを~」と書かれるかもしれません。
これまで潤沢に電気が使えてどれだけ助かったことでしょう。誰もが「一刻も早く電気が被災地で使えるようになって欲しい。福島原発の放射能を早く遮断して、まず地域住民の皆様が安心できるように、世界中が安心できるようにしていただきたい」と願い、何より作業員の方のご無事とお働きに感謝しています。
そして今まで私たちの生活を支えてくれた原発に感謝をして、その役割が終えたことにも祈りを捧げたい。そう思うばかりです。

こんな時だからこそ、みんながひとつになり、力を合わせて日本を再生していこうと声が上がっているのが何より嬉しいです。
プロ野球もセ・パ両リーグが足並みをそろえました。
プロゴルファーの石川遼選手は今季の賞金をすべて寄付するそうです。これからの1年間、気持ちを寄り添わせて1試合ずつ復興への祈りをこめて試合に臨むそうです。
ソフトバンクの孫社長は個人で100億円寄付し、さらに今期から引退するまでの報酬を寄付していくとか。金額の大きさもすごいですが、被災者へ気持ちを添わせての行動はさすがですね。
「こんな時だからこそ」、政治も政党を超えて力を合わせて、特に弱い立場の人々を救援し、この非常事態に取り組んでいただきたいと多く方が思っていることでしょう。
「たくさん寄付も出来ないし、専門職もない、肉体的にもあまり強くなくて現地にも行けない…自分は何が出来るのだろう」と無力感を持たずに、被災者の方へ心を添わせ、祈り、ネガティブな発言を控えて、今できることを心を込めてやっていけば良いのではないかなと思います。
どれも人として当たり前のことばかりですね。私もあらためて当たり前のことの大切さをかみ締めています。

この先、私たちは太陽とともに生活し、夜の静けさと星月夜を仰ぎ、四季を大切にして、少々の不便を我慢して、シンプルな生活にシフトしていくのかもしれません。
“分かち合えば、足りるのだ”ということを知っていくのかもしれません。
そして自然の摂理に沿った新しいエネルギーのあり方を真摯に考えて、実現させていくことでしょう。
すべては良くなるために。ひとつになって新しい日本を作っていくために。

*このエッセイは、Sさんのご了解を頂いて書かせていただきました。ありがとうございました。


2011年4月 4日 (月)

No49.大震災~被災地に親友がいるCさんからのメール

Photo 災地の皆様、すべての皆様、お元気ですか。東京は桜が3分咲きになり、柔らかい青色の空が広がっています。
まるで大地震などなかったような春景色です。あの日の翌々日からピースメッセージを書いてきましたが、今回はエッセイ「ピュアハート」として、これまで頂いたメールをご紹介しながら、ご一緒にこんな時だからこそ自分の出来ることや人の温かさについて考えてみたいと思います。今回はCさんからのメールです。

*自分に何が出来るのか
大地震、大津波、原発……。悪夢のような日から24日が経ちました。一人でも多くの人の命が救われますようにと祈り、亡くなられた方々のご冥福を祈り、被災者の皆様の平安を祈る日々でした。
原発の中に命の危険を覚悟で入っている作業員の皆様の安全を祈り、被災者でありながら救援に従事している方々、ボランティアの方々へ感謝の想いがあふれます。
そんな中、道路規制が解除されたとはいえ、「ボランティの経験もなく、専門職でもなく、自分は節電と募金しか出来ない」との声をたくさん聴きました。
実は私も声を寄せてくださった皆さんと同じなのです。今、現地に行ってもご迷惑になるだけ。泊まる所も食事も交通手段も自分で確保するには無理があり、力仕事が出来る訳ではない……。
初対面の人間が話し相手になったり、本を読んだり、子供たちを抱きしめたりは、安全な住まいが確保されてから出来ることなのではないかと。
今は義援金、救援物資、医療、ライフラインの復旧、正しい情報などが一番に求められている時期です。「私に何が出来るのだろう……」。正直、無力感を感じたことも事実です。
グルグルと思考がめぐりましたが、「やはり、目の前のことを、心を込めてすること」に戻ります。それは祈り、節電し、募金をし、といった側面からの基本的な支援であり、日々、心を寄り添わせることでした。

*被災地に親友がいるCさんからのメール
たくさんの友人知人からメールをいただきました。その中から、まず、大地震発生10日後くらいに頂いたCさんからのメールをご紹介します。
Cさんは20代後半で超美人、頭の良い気持ちの優しいお嬢さんです。

『おはようございます。はるか先生、皆様、心温まるメールをありがとうございました。
今回の地震で人間って…っていうことに深く考えさせられました。
私の親友やたくさんの同級生、知人は、避難したり、流されたり、家を失ったりと大変な思いをしています。
それでも誰ひとり『どうしよう』ではなく、『頑張らないとな』という前向きな言葉のメールが届きます。
私の東京の友達は『被爆しては大変』と日本を脱出した人が多くて、海外からのメールには、『こっちは節電も考えなくていいし、のんびりしています。アウトレットに行こうかな』などとお気楽メールが届きます。中には大使館命令で避難した外国人達もいますが…。
悪いとは言わないけど、何か胸が苦しくなりました。
それなのに、ドライヤーを使ったり、NEWSをつけっぱなしにしている自分に気付き、へこみました……。
考えさせられることがいっぱいです。
被災者の方達が1日でも、1秒でも早く、普通の暮らしが出来ることを祈っています』

このメールの1行1行に、共感される方が多いことでしょう。もちろん、海外脱出された方を責めるわけではありません。その気持ちも分かります、少し陽気な事も言わないと良心の痛みに負けてしまいそうだということも含めて。
大切な親友たちの所へすぐに行けないもどかしさ、連絡が取れない友人達を心配し、自分は何が出来るのだろうと唇を噛み、被災者の皆さんの安全な生活を祈るCさんの姿が目に浮かぶようです。
その後、Cさんからは、「友達はほぼ無事だったのですが、身体が不自由な友達が残念な結果になってしまいました。友達が消防団の遺体回収時に見つけたと連絡がきました。残念です……」と連絡をいただきました。
彼女の気持ちを思うと言葉もありません。ただただ亡くなられたご友人のご冥福を祈るばかりです。
そして自分の日常の小さな行動を見直しているCさんに頭が下がる想いです。

この大災害で、大切なことの優先順位や価値観が大きく変わりました。生きることへの底力や助けあう心、ひとつになろうとする気持ち。なにより命の大切さ。
被災していない者は、自分は何が出来るのだろうと真摯に考えました。こうして気持ちと向かい合うことで善なる方へ、良い方へと変化が起こってくるのでしょう。
私の茨城に住む友人達も被災し、大きな余震に震えながらも「こちらはみんな大丈夫」と気丈に言い、「3、11から生活が大きく変わりました。書くと長くなりますが、東北の方は想像が出来ないくらい変わっていると思います。でもすべて良くなる!大丈夫!」と祈り、がんばっています。さらに、「メールを読んで、ひとりじゃないって思えて嬉しかった。ありがとう」とお礼まで……。
自分が大変なときに人を気遣うことが出来るのは本当にすごいことだと思いました。

次回、「No.50ピースメッセージ~いただいたメールより。その2」に続きます。

*このエッセイはCさんのご了解を得て書かせていただきました。ありがとうございました。





2011年3月31日 (木)

読売新聞「編集手帳」~名も知らぬ君へ

Photo_3 被災地の皆様、すべての皆様、お元気ですか。

私たちの命、生活すべてがひっくり返った3月が今日で終わります。

桜前線は水戸まで行ったようですね。福島はもう目の前、東北もあと少しで桜前線の到着です。日本中の応援の祈りが桜の花とともに、生きる力となり、希望となりますように。

今日の読売新聞の朝刊「編集手帳」の記事をご紹介します。

『生まれてまもない君に、いつか読んでほしい句がある。<寒き世に泪(なみだ)そなへて生まれ来し>(正木浩一)。君も「寒き世」の凍える夜に生まれた。列島におびただしい泪が流れた日である。◆震災の夜、宮城県石巻市の避難所でお母さんが産気づいた。被災者の女性たちが手を貸した。停電の暗闇で懐中電灯の明かりを頼りに、へその緒を裁縫用の糸でしばり、君を発泡スチロールの箱に入れて暖めたという◆男の子という以外、君のことは何も知らない。それでも、ふと思うときがある。僕たちは誕生日を同じくするきょうだいかも知れないと◆日本人の一人ひとりがあの地震を境に、いままでよりも他人の痛みに少し敏感で、少し涙もろくなった新しい人生を歩みだそうとしている。原発では深刻な危機がつづき、復興の光明はまだ見えないけれど、「寒き世」は「あたたかき世」になる。する。どちらが早く足を踏ん張って立ち上がるか、競争だろう◆原爆忌や終戦記念日のある8月と同じように、日本人にとって特別な月となった3月が、今日で終わる。名前も知らぬ君よ。たくましく、美しく、一緒に育とう。』

記者の方の渾身の一文に涙があふれました。

新しい命が被災地で誕生しています。希望を明日につないでいきましょう。

助かった命を大切にしていきましょう。

これから良くなる、絶対大丈夫!  

2011年3月19日 (土)

満月に愛の祈りを

東北、関東、すべての被災地の皆様、今日もご無事ですか。

TVで遅ればせの卒業式を拝見しました。

卒業生の皆さん、本当におめでとう。

本来ならば希望に輝くこの季節を、悲しみをこらえて避難所で

率先してお手伝いをしている姿に胸を打たれます。

あなたたちの笑顔にこちらが励まされています。

これから必ず良くなるから、希望を持って、未来を夢見て、友達と手を取り合いながら、今年の春を過ごしてください。絶対大丈夫!

そして泣きたい時は我慢せず、うんと泣いてください。

離れているけれど、心を寄り添わせています。

今夜は満月。お月さまが優しい癒しの光でみんなを包んでくれることを祈ります。

日本が平和でありますように

卒業生の皆さんに愛を贈ります。  

PS.満月は20日午前3時10分。この時間に合わせて被災地の皆さんへ、そして不安を抱えているすべての人へ、友人たちとともに愛の祈りをします。

2011年3月17日 (木)

世界が日本のために祈ってくれた日

これまで世界の平和を祈ってきた私たちに、今、世界中の人が日本のために祈りを捧げてくれています。

ただただ感謝です。大丈夫、絶対大丈夫。必ず良くなる。

ともに頑張りましょう。

日本が平和でありますように

命の危険を覚悟で福島原発の中に入り、作業してくださっている50人の作業員の皆様、ともに防災活動をしてくださっている皆様、本当にありがとうございます。

*下記、世界中の人々が祈ってくださっている映像です。

http://www.youtube.com/watch?v=IxUsgXCaVtc

2010年7月12日 (月)

No35.幸せだから祈れるの?

Photo_5 一ヶ月を振り返ると、「良いことも、そうでないことも、同じくらいの分量だったなぁ」と思うときがあります。みなさんはいかがですか?
私も特に先月(6月)は、とても濃縮された時間を過ごしたように感じています。
いつもこのサイトのTOPページで近況・心境をお話しているのですが、嬉しかったことをもっと書こうとしたら主人から「あまり良い事ばかり書くと、羨ましがられるよ」と釘を刺されました。妬みを買ってしまうこともあると転ばぬ先の杖を示してくれたのでした。
そういえば私もず~っと以前に、自分のやりたいことをやっている人を見て、羨ましいという気持ちを超えた少し苦い感情を持ったことがありましたっけ。
そこで今回は、「幸せだから祈れるの?」ということについてお話させていただこうと思います。意外と人のことを思い込みで見ていることって多いようですね。

*ネガティブニュースとプライベート
私は仕事柄、自分自身にプライス(値段)がつくことが多いです。出演料いくら、司会料いくら、とかですね。
プロのアナウンサーという商品の値段です。多分、これは多くの方にも当てはまるのではないでしょうか。このお仕事はいくら、時給はいくら……。
価値をお金の軸にするのはあまり気持ちの良いものではありませんが、ものには値段がつきます。
私自身、商品だと考えるならば、商品価値を下げるような情報を付加するわけにはいかない……。たとえば体の具合が悪い、プライベートで問題を抱えているetcといったネガティブニュースは、クライアントやファンの方には極力、目につかないように配慮します。
プロという責任において、商品としての自分を全うさせなければならない一面があるのですね。
それでも最近はスターと呼ばれる方もブログでプライベートな生活を公開しています。
それを見て「あぁ、あの人も自分と変わらないんだな。悩みもあるしご飯も食べるし疲れもするんだな」と共感します。私生活を知るとグッと身近に感じるのですね。そして時にはそこから学んだりもします。すべてを神秘のベールに包んでいた時代とは大きく違いますね。
私はそのような神秘のベールに自分を包んでいる訳でもなんでもないのですが(笑)、やはり現在進行形のネガティブニュースをお話しても、読まれた方は良い気持ちにはならないだろうなと思ってしまうのです。「人の不幸は蜜の味」という言葉もありますが、そういう蜜を与えるのもいかがなものかと……。もちろん、これは自分に戒めているもので、他の方がご自分の日記に書かれることに対して、なんら意見はありません。

*嫌なことにフォーカスしない
一ヶ月を振り返ってみても、大体、良いこととそうではないことが半々だなと思うことが多いですね。あるいは良いことと悪いことがワンセットでやってくる(笑)。
押しなべていうと良いことも悪いことも本当は無いのですが、現象としてそのように見え、感情もそのように反応する……。
そうした毎日の中でどれだけ幸せを数えることができるか、幸せと感じることができるか、感謝できるかは、とても大切なことのように思います。
それは嫌なもの辛いもの美しくないものなどを見ないように感じないようにすることとはちょっと違うと思うのですね。
私にも思いがけないビックリ仰天という事態も起こるし、泣きたくなるようなこともあるし、面倒くさくてヤダなぁと思うことももちろんあります。ただそこをフォーカスしないだけなのです。
起っていることは、事実は事実として受け止めながらも、それらに対して現実的に対応して、あまりネガティブな感情を含ませない。そして「この程度で済んで良かった、これで良くなるんだな。絶対、大丈夫」と想いをプラスに転換させる。そんな風に対応しています。
少しだけ自己開示すると、先月はとても楽しく過ごした一日の終わりに姑が緊急入院したと連絡があり、急いで深夜の病院に駆けつけたり、実家の母の体調がまた崩れ父を慰めたり、変わらず週2日は実家に行って親の生活介助をしたり、自分自身の体が思うように動かず痛みもあり朝起きたときから疲れていたり、入るお金と出て行くお金のバランスが悪かったり、頼まれごとが多かったり、人からの勝手な思い込みを受けていたり……(苦笑)。
ね、こんな風に数え上げたらキリがないし、いい気持ちでもない。誰にもこのようなことは日常的にあるし、もっと大変な状況の方もたくさんいらっしゃいます。
私はこれまでの経験からものごとをあまり感情的に捉えず、現実的にするべきことをして、思いは光のほうへ明るい方へと向けるように心がけています。
「出来るだけ、良い悪いとジャッジしないようにしている」といってもいいかもしれません。
それにこれは先月のことを一生懸命思い出して書いたわけですが、ネガティブニュースは一週間経つとほとんど忘れているんですね。良いこと嬉しかったことしか心に残らないのです。
多分、皆さんも上手に気分転換をしてストレスを溜めないように、必要以上に心を痛めないようにしていらっしゃるのではないでしょうか。

*幸せだから祈れるの?
よく「隣の芝生は青い」と言いますね。何でも他人のものはよく見えるものであるという意味です。
あるとき、女優をしている友人が、「子供を生むために一年間、仕事をオフにしているのに今月も出来なかった……」と切ない胸のうちを訴えました。そして自分は世界で一番不幸なのだと。
それもちょっと違うなぁと思いつつも、気持ちを広げてもらうために世界190数カ国の平和を祈る集いに連れて行ったことがありました。一国一国、国名を挙げ、純粋にその国の平和だけを祈るものです。
帰り道、彼女は「素晴らしい祈りだったね。でも参加している人は幸せだから祈れるんだよ」と言いました……。
苦しい気持ちの真ん中にいると、周りの人はみんな幸せに見えてしまうのでしょう。その気持ちも分からないでもないのです。
ただ誰もが口に出して言わないだけで、この世を生きていく上での切なさ辛さは背負っているのですね。
その場で各国の平和の祈りをしていた人々も、悩みや苦しみを抱えた上で祈りを捧げていたのです。幸せで悩みがないから祈れるのではないのです。

自分が幸せになるのを待ってから祈るのでは、いつまでたっても祈ることなど出来ないでしょう。「幸せ」というのは、ここまででいいというものではなく、果てしなく求めてしまう欲望でもあると思います。それは外へ外へと幸せを求めてしまうからなのでしょう。
心の中が充足感に満たされて平安であれば、次第にその欲求は、外へ、つまり物質であったり他の人の心であったりを求めなくなっていくのかなと。ちょっと難しい課題ですが心の内側に幸せを見出せるといいなと思いますね。
そうしたら自分たちの幸せのために、奪い合うことも争いあうこともずっと減ることでしょう。
互いに分かち合い、思いやりを持って生きていけたならば、世界はどれだけ平和になることでしょう。
少しでもお互いに気持ちよくこの地球で暮していくために何かを変えるならば、私は幸せの価値観を変えていきたいと思います。