コミュニケーション

2011年10月19日 (水)

学びの秋 カルチャーはいかが

冷え込んだり、暑さが戻ったり。季節の変わり目ですね。

風邪など引いていらっしゃいませんか。

秋はハイスピードで時間が過ぎていく様な気がしますね。

日が暮れるのが早くなったのもありますが、イベントや楽しいお誘いなども多く、

あっという間にスケジュールが埋まっていきます。

一昨日は朝から田端にある「さいとうラビットクリニック」に行って、

ロップ君のお薬を頂いて新宿へ移動。

髙島屋で開催されていた今田美奈子先生の「バラと天使とお菓子の物語~華麗なる王妃の食卓芸術展」へ滑り込み。大盛況でしたよ!

ラブリーで高貴な世界をたっぷり満喫しました。

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思いがけず、「月のテンポ116」の音楽家・片岡慎介さんのお姉様とバッタリお会いし、

「あっら~!はるかちゃん!待ち合わせもしてないのに会えちゃったわぁ」と、

美奈子先生と一緒にスリーショット。

お茶をする間もなく「またね~」と手を振り振り、青山の「たまサロン」へ伺って打ち合わせ。お昼は立ちそばを美味しくいただきました(笑)。

さて、事前告知をする間もなく、なんと本日から

「ことばレッスン~上手なコミュニケーション」

10月期のスタートです♪

10月から会場が変更になりました。

青山の「たまサロン」にて、リラックスムード満点・癒しの空間で奇跡のハーブティを飲みながらのレッスンになります。

ワンレッスン受講もOKですので、是非、ご参加下さい♪

また途中からの受講も受け付けていますので、お気軽にお問い合わせ下さい。

詳細を武田はるか公式サイト「TOPページ」にUPしましたので、ご覧になってくださいね。

http:///www.takedaharuka.jp

10月期第1回目の今日は、

「自己紹介から学ぶ~話の聴き方、伝え方、自己開示の大切さ」。

コミュニケーションの極意は、聞き上手であること。

何を話すかよりも、どう聞くかが大切。

自己紹介のときの聞き方があなたの印象を大きく左右するのです。

喋っている時じゃないんですよ。覚えておいてくださいね。

自己マトリクスも使い、「え~っ、私ってこんなに多方面なキーワードがあったんだ!」と驚かれることでしょう。

もうひとつ。

「やってみようかな~」と思ったら、急に動き出して決まっちゃったレクチャーです。

「武田はるかカルチャーレッスン こころのケア 傾聴~相談を受けたとき」の公開講座。

傾聴のやり方についてお話しをさせて頂くことにしました。

1026()午後130分より、たまサロンにて開催。

わぁ~、1週間後ですぅ!

傾聴は、大震災による心のケアや悩み相談などに大変、役立ちます。

誰かの心の支えになりたいと思う気持ちが深くなった今年。

人の心に寄り添い、心の声に耳を傾け、自分の中に答えがあることをサポートする傾聴。

このことをお伝えすることで、私もお役に立てたらいいなと思います。

参加ご希望の方は当日、直接、会場にお越し下さい。予約の必要はありません。

詳細は私のサイトのTOPページをご覧になってくださいね。

http:///www.takedaharuka.jp

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あ、朗読教室も毎月開催中です。

前回から音楽に合わせて朗読した作品を録音しています。

皆さんから「スタジオにいるみたい~」と好評です。面白いですよ。

芸術の秋、食欲の秋、行楽の秋、読書の秋、八代亜紀…?

カルチャーの秋です。「興味ないな~」と思っても、ダマされたと思って一度、参加してみませんか。

知らなかった世界は意外と目からウロコで、深イイものです。なんちゃって

どうぞよろしくお願いします。

2011年1月24日 (月)

No47.人づきあい~自己開示とSOS

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人に対してオープンな方もいれば、自分のことを話すのは苦手という方もいます。
あるとき、「どこまで自分のことを話していいのか」と相談を受けたことがありました。
自己開示は親しさの度合いによって違ってきますし、人との心地良い距離感だったり、自分への理解を深めてもらいたい想いだったりもします。
そこで、今回は「自己開示」と「人に助けを求めること」についてご一緒に考えてみましょう。誰もが一度は悩む人づきあいについてです。

*自分について何を話していいか分らなかった
コミュニケーションが上手くいっていないとき、人は「あの人が分からない。何を考えているのだろう」と言うことがあります。また好奇心で「あの人ってどんな人?」と思うこともあるでしょう。
私も以前、自分について何を喋って良いか分からない時期がありました。自分の考えを言ったら変に思われるんじゃないか、この考え方や感じ方でいいのかなど、まるで迷路に入ったような感覚でした。
その時の私に対する人の評価は、「いい人だけど、あの人は何を考えているのか分からない」というものでした。自分の考えを言うのが怖くて、人の考えに同調してばかりいた結果です。そうすることで自分を守っていると思い込んでいたのです。
今思うと可哀想だったなと思います。「I am OK 」が出来ていなかったのですね。そんな経験を経て、時間は掛かりましたが自他共に縛らず、入り込みすぎず、心地良い距離感を持って人とおつきあいをすることが出来るようになりました。

*自己開示の仕方
「あの人が分からない」。
これは相手の人に「自分の情報が届いていない」ということが考えられますね。
おつきあいの深さや、好感が持てる人やそうでない人などあるわけですから、何もかも自分について話す必要はないと思いますが、職場などではプライベートなことは少し伝える程度でもいいのではないでしょうか。
「犬よりも猫の方が好き」、「「バスソルトを集めるのが趣味」、「本を読むよりも映画が好きで月にDVDを10本見る」「ジャイアンツ・ファンです」「末っ子です」「かに座のA型です」などといった、たわいもないことでいいのです。
仕事面でも「帰国子女なので日本語で上手く言えないときがあるけれど、英語は得意」、
「比較的スローペースだけど、ミスが少なく確実な仕事をする」「人見知りしないので初対面の人でも物怖じせず、意向を伝えられる」「午前中は低血圧のため動きが遅いが、午後からは猛ダッシュ、ハイスピード」などなど。
このような少しのことでも情報が入ると、その人がどんな人か分かるし、どのような距離感で付き合うかも判断できて、自分のことを理解してもらえるのです。
また親近感も湧いて、そこから話題が広がり、趣味の仲間になることもあるでしょう。
それ以上の深い話、たとえば家庭の事情とか悩みごとなどは、よほど相手が信頼できて、その職場を辞めた後でも一生付き合っていきたいと思うような友情を感じているのならば、心を開いて自分の気持ちを聞いてもらっていいと思うのです。
恋愛などで「あの人が分からない」というときは、自分の気持ちをちゃんと伝えて、相手の気持ちを聞いて理解しあえたらいいですよね。まぁ、男と女は分からない部分がいっぱいありますから、「分からなくて当たり前」と思っていてもいいのかもしれません(笑)。

*気持ちや行動パターンが読めないと不安になる・・・・・・・
自分の人との境界線をどのように引くかはとても大切なこと。
その人と仲良くなればなるほど、好きになればなるほど、その人のことをもっと知りたい。でもここまでは入ってもいいけど、これ以上は心の奥のことだから入らないでというラインってありますよね。これは心を開かないのとは違います。親しき仲にも礼儀ありで、ズカズカ人の心に入り込むのはタブーです。
仕事のときは個人的な感情はなるべく抑えて遂行するのは大人としてのマナー。公私混同しないようにしたいものです。
それとは別に、人は相手の気持ちや行動パターンが読めないと不安になるのです。
職場では気持ち良く自分の役割を引き受けて進めていくのがベターですが、体調の悪い時もあるし、気持ちがすごく落ち込んでしまっている時もあるし、手一杯で出来ないという時もあります。
こういうときは、「ちょっとしんどい」という顔をしても良いのです。人間だからこういう時もあるのです。職場だけではなく家庭や学校でもそうですね。
いつも「私は大変なの、しんどいの」と言っていると、周囲は「またか」と思うでしょうが、普段、頑張っている人がこのような姿を見せるときは周囲も「あぁ、今日は調子が悪いのだな」と理解してくれるのです。
特に我慢してしまう人は、周りに迷惑をかけない程度に、「今日は辛い」というサインを出しても良いのです。それを自分に赦してあげてください。
不得手なことをしているときは、「これは苦手なことだけど、がんばっている」という姿を見せても良いのです。

*弱っている時の自分を見せてもいい
本当はこのようなサインを出さずに、プロに徹していければ一番良いのですが、NOを言えずにいる人は無理に無理を重ねてしまい、心と体のバランスを崩してしまうことがあるのですね。
周りにこのようなデリケートな変化が分かる人がいればいいのですが、意外と人は言われないと気がつかないことがあります。自分から言い出せなくて人が気づいてくれるのを待っているパターンの方は、ちょっと勇気を出して自分から声を出してはいかがでしょうか。
「今はまだうまく出来ないけど、そのうち出来るようになる。だから今回は回りに助けてもらおう」と思い、それを伝えましょう。
「今日は体の具合が悪くて無理がきかない。だから他の人の変わってもらおう」とSOSを出すのです。
これは甘えているのとは違うのです。逃げているのでもないのです。
弱っているときの自分を見せて助けを求めているだけのことなのですね。弱い自分を見せてもいいのです。急病や怪我をした時に救急車を呼ぶのと同じです。
元気になったとき、一所懸命、恩返しするつもりで頑張りましょう。
また、助けてくれた人が弱っているときは、心を込めてサポートしましょう。
助けたり助けられたりして、人は絆を深めていくのでしょう。
「つらいのです」。そのひと言がいえないような雰囲気がある環境というのは、むしろ、いかがなものかと思いますね。

*人づきあいに疲れたときは
人生の中で強い絆で深くつきあえる人と巡り会えたら幸せですね。
私もソウルメイトだった亡くなった親友とそのような関係を築いていました。それで満足していましたから、他の人達との関係をあまり求めずに済んでいたのです。
彼女が亡くなった後、私は友達や人間関係について改めて考える日々を過ごしました。
時間はかかりましたが、ようやく密度の濃いお付き合いをしなくても孤独感を味わうこともなく、人から理解されていないのではと思い悩むことも無くなってきました。
多分、自分への信頼感が大きく育ったのでしょう。ですから人に対して過度の期待も依存もしないですんでいます。会わない時間が長くても、あまり自分のことを話さなくても“つながっている”という感覚があるのは嬉しいものです。

長い人生の中で、何もかも話して分かり合える一心同体のような人と密度の濃いつきあいをすることもあるし、喋らなくても分かり合える人とさらりとしたおつきあいをすることもあるでしょう。
私自身、人間関係の中で親しさが増すにつれて、自分のことも相手のこともリスペクトし、自由と意志を尊重する心をこれからも大切にしていけたらいいなと思います。
以前、美輪明宏さんが「人との付き合いは60%でいい」とおっしゃっていました。
人づきあいの極意は、“つかず離れず、入り込みすぎず”なのかもしれませんね。
もし、人づきあいで“ちょっとしんどいな”と思ったときは、こんな風に考えると楽になるのかもしれません。風通しの良い人づきあいができたらいいですね。

2010年5月14日 (金)

No32.苦手な人とのつきあい方

新年度に入って一ヶ月が経ち、そろそろ新しい環境にも慣れ始めているころでしょうか。
新しい職場、新しいクラス、新しい生活……。少しだけ周囲を見回す余裕も出てきますね。
新しい環境であれ、変わらぬ日常であれ、人間関係は切っても切れないもの。
そこで今回は自分の周囲にいる人で「どうも苦手なのよね」という人とのつきあい方について、ご一緒に考えてみたいと思います。

Photo_6 *自分には苦手でも、その人を愛している人がいる
今回は超ハードルの高いテーマを選び、自分でも「大丈夫かしらん」という感じです。
世の中には「嫌いな人と上手くやる方法」という類の本がいっぱい出版されていて、私も今まで何冊か読んだのですが、それで好きになれたか、苦手だと思う気持ちはなくなったかというと……。
「苦手」とひと口に言っても、肌が合わない、生理的にダメ、相性が悪い、考え方が違う、仕事のやり方や主義主張が折り合えない。または先方にひどく傷つけられて、顔も見たくないなどなど。苦手どころか大嫌いのレベルの人もいることでしょう。

私も情けないことに一緒にいると体が拒否反応を起こして鼻炎アレルギーが出てしまうほど苦手な人がいます(苦笑)。良い所も分かっているのだけど、理性で受け入れようとしても体が拒絶反応をする……。悲しくなりますね。またそういう人に限って、一緒に仕事をすることになる……。これは「ここでクリアしなさいよ」というサインなのだなと、向き合う覚悟を決めたりします。
自分の心をよく見つめると、案外、「プライドを傷つけられた」とか「自分のエゴ」だったり……。
それでも自分を愛するにつれ、他者と温かな人間関係が築けることは、この「ピュアハート」で何度も書いたように、自他共に愛する心が深まるに連れ、人に対してのネガティブな感情が確実に減るのです。
誰にでも「ちょっと苦手だな」という人はいますよね。仕事や人との付き合い方でも「それはないんじゃないの~」と思う人に対しては、苦手や嫌いというより「う~ん、困ったものだな」と思うのではないでしょうか。
この苦手意識や困ったなという気持をフォーカスしていくと「あの人、大嫌い」になっちゃうのですね。

たとえて言うならば、真っ白いキャンバスに一ヶ所、小さい黒い汚れがある。その汚れが気になってそこばかり見ていると、全体の99%の真っ白いところが見えなくなってしまう。心のエネルギーをその黒い汚れだけに注いでしまっていて、あたかもキャンパス全体が黒く汚れているように見える……。これを人に置き換えてみればよく分かりますよね。
私は以前、某放送局で番組をご一緒していた方から、初対面の瞬間から色々注文をつけられ、かなり苦労したことがありました。お互いの信用や信頼が築かれる前から「鉄は熱いうちに打て」とばかりに、私本人を見ずに「今の若い人を指導する。自分に対して全てYESと言わせる」……。

果てしなく続く“ご指導”に落ち込んでいる私に「君が悪いわけじゃないよ。あの先生は誰に対してもそうなんだ」とスタッフさんがなぐさめてくれたことがありました。
「たとえそうであれ、私が外で人様からこんな風に言われているのを親が見たら、情けない想いをするだろうな」。私はその時、そう思いました。
以来、「この人、イヤだな」と思ったときは、「この人を愛している人たちがいる。この人の素晴らしさを知っていて、大切に思っている人がいる。私がまだそれに気づいていないだけなのだ」と考えを改めるようにしました。そうすると「この人、嫌い」にはならないのですね。

*対処法
どこへ行っても好きな人ばかりに囲まれていると言うわけにはいかないもの。必ず苦手な人はいるのです。
それを無いものとするのではなく、「苦手なんだな」と自分の気持ちをいったん認めた上で、その人とは距離を置くようにします。その人の射程距離(波動圏)に入らない。深入りをしないということですが、挨拶だけは笑顔でちゃんとしましょう。
職場の人(学校)ならば、仕事なら仕事と割り切って、自分の心の奥に入れ込まないことです。ただし絶対に相手を無視したり、意地悪をしないことは天に誓いましょう。
そういうことをすれば、やがてそれは自分に返ってくるのですから。

「この人、嫌い、イヤ」と相手に意識を向けているのは、「この人、好き、好き」と思っているのと変わらないと思うのですね。そこに自分のエネルギーが向かっていて、相手と繋がっているのです。
だから緊急措置として苦手な相手とは距離を取っている内に、案外、その人の良いところが見えてきたり、気にならなくなってきたりするのです。
相手の嫌な面も含めて、受け入れることが出来るか。「あの人が変わればいいのに」ではなく、結局は自分の問題なのですね。これこそがご修行と言えるのでしょう。

「類は友を呼ぶ」とよく言われていますが、本当にその通りで、苦手な人に心のエネルギーを使って自分が疲弊してしまうのはもったいないですよね。そうしていると自分が暗くなって元気がなくなっちゃいませんか?
自分が好きな人、一緒にいて楽しい人、尊敬する人と繋がっている方がより早く自分の心がオープンになるのです。

素晴らしい人の波動圏にいることで、自分もそのようになっていくのです。そうしていく内に苦手だと思っていた人が気にならなくなるのですね。不思議でしょ。
キャンバスの白いところだけ見て、汚れた小さな個所に目が行かなくなるのです。
誰にでも欠点と見えるところはあるのですね。もちろん自分にも。それをそのまま受け入れられるようになったらどんなに楽になることでしょう。

*無理に好きにならなくてもいい
私のお友達でCさんという、齢八十を超えるステキなお姉さまがいます。
いつも綺麗に身を整え、瑞々しい感性で詩や紙芝居を書いて、みんなの心を明るくしていらっしゃいます。
私も年齢を重ねたら「こうありたい」と思うお手本の女性です。
そのCさんに以前、「あの人がどうしても嫌なの」と愚痴を聴いてもらったことがありました。そうしたところ、「はるかちゃん。そういう方は自分とは違う星から来たと思えばいいのよ」と教えてくださいました。
「あら、あなた様はプレアデスのご出身なのね。だから考え方や習慣が違うのですね」と。スケールが大きいですよね~。


そういう風に思えば、腹も立たないし、相手を受け入れることも出来ますよね。違いを受け入れると言うのは意外と厄介なテーマですが、こう思えばちょっとは気持ちが楽になりませんか?
無理に相手を好きになろうとしなくてもいいのではないかと思うのですね。何かで被害を受けているとかならば、ハッキリとNOを言わなければいけませんが(NOの言い方についてはNo.11&12をご参照下さい)、そうでないならば、そこに波動を合わせなくていいと思うのです。そうしている内に段々、気にならなくなるのではと思います。

嫌な人、苦手な人は自分を磨く良いチャンス、いつの日かそう思えるようになれたらいいですね。私も修行中です。
苦手な人も含めて世界がある……。
苦手な人を除いて、世界平和はありえないのです。


2010年4月28日 (水)

No31.ことばレッスン~上手なコミュニケーション

Nhk

私はこの春からNHK文化センター青山教室で、連続講座「ことばレッスン~上手なコミュニケーション」の講師をしています。
誰もが一度は悩む、人とのコミュニケーション。
自分の気持ちを上手に伝えるとともに、相手のことも理解して、温かい人間関係を築いていきたいですよね。
NOと言えないために無理をしたり、誤解されてしまったり……。
そこで今回はコミュニケーションについてご一緒に考えてみましょう。
これは言葉の持つチカラ、心の持つチカラ、行動の持つチカラの総動員と言えそうです。

*すごいタイトルにビビッた私…
これまたお恥ずかしい話ですが、私はかつて人とコミュニケーションを取ることが出来なくて、長い期間、深刻に悩んでいました。自分の気持ちをうまく相手に伝えられない、NOを言えない、人と一緒にいると緊張するなどなど。自己開示が出来ず、どうやって人と接してよいか分からない……。
そんな私が何度も失敗して転んでは起き上がり、経験を積んで、今、コミュニケーションについて講師をしているなんて自分でもビックリです。
しかもこの講座タイトルは、私の講座の担当であるNHKの大先輩・佐野剛平さんがつけてくださり、私は「上手なコミュニケーションって…、え~~っ! 佐野さん、ちょっと、マジ? ひぇ~~」と叫んだ次第です。
恩師・佐野アナウンサーの目には、私はコミュニケーションが上手く取れているように映ったのでしょう。思わず否定しそうになったのですが、そう言って頂けたのは成長したしるしとありがたく受け取らせていただき、しっかりやらせていただこうと心を定め、無事、開講しました。
そして今、こうして経験から得た知恵を生徒さんにおすそ分けできて、本当に嬉しく思っています。
このひと言を知っていたら悩まなくてすんだのに、けんかにならなくてすんだのに、誤解されなくてすんだのにと、数え上げたらきりがありません。
これまでのことは全てもう済んだこととして、目の前の一歩を踏み出してみましょう。
この「ピュアハート」内でも、言葉の持つチカラ、心の持つチカラ、行動の持つチカラについてたくさん書いていますので、時間のあるときにバックナンバーを読んでみてくださいね。すべて人とあたたかな交流をするためのメッセージです。

*基本的なスキル
基本的なことですが、人と話をするときは相手の顔を見て話しましょう。
目をじっと見て話すと威圧感を与えるので、顔全体をふんわり見ているという感じです。ただ、ここぞという時はしっかり相手の目を見て話しましょう。目力(めじから)がものをいいます。
会話はキャッチボールなので、一方的に自分ばかり話さず、相手の話を聞いて自分も話すというのがいいですね。大事なことは「相手の話にうなずく」ということです。
あいづちを打って、共感したり、驚いたり、笑顔になったり、一緒に考えたり、泣いたりというのは、「あなたを受け入れていますよ。あなたの言っていること、分かりますよ」というサインなのです。
その上で自分の意見を言うのも、自分という人間を知ってもらうために必要なのです。相手の話に迎合するばかりがよいわけではないのですね。
よく言われる“聞き上手は話し上手”と言われるのはこのことです。
また自分の体は、相手に向けて話しましょう。顔だけ向けて体は斜めにして話していると、「この人、ちゃんと聞いてくれているのかな」と思われてしまうこともあるのですね。もちろん、教室の前後とか並んでいるときは、そういう状況なのですから仕方ないですよね。
これは心も体も開いて聞いていますよというボディランゲージなのです。ですから、腕組みをして相手の話を聞くのはあまり良い印象を与えませんし、このサインは「自分を守っている」という、無意識にバリアーを張っているボディランゲージになるのです。
「相手の顔を見る。うなずく。体を向けて」。これらすべて、相手を受け入れている行為なのです。
もちろん電話やメールでも相手への気遣い、礼節は言うまでもありません。特に電話は声だけですので、笑顔で話すとか、お礼を言うときは頭を下げて「ありがとう」を言うと、顔が見えなくても気持ちがちゃんと伝わるのですね。

Photo_7 *会話が途絶えたときは
よく「会話が続かない」とか「初対面の人と何を話して言いか分からない」と言う方も多いですね。私も本当を言うと、人見知りなのです。だからよけい、その人をちゃんと知って、せっかく出会えた貴重なご縁を大切にしたいと思うのです。
初めから心を開いて密度の濃いお付き合いが出来るのは稀なこと(滅多にないこと)といって良いでしょう。良い人間関係を築くのは、植物を育てるのと同じく時間がかかるのです。
相手を知るためには、まず話すことですね。何に興味があるのか、共通項は何か。だから私は相手の方に興味を持って、色々質問します。そして自分のことも少し、お話します。
話していく内に、「あぁ、この人とはご縁があるな」とか「お仕事を一緒にしたら面白そうだな」とか「あ、あの人がこういう人を探していたから紹介してあげよう」とか「あ~、思っていること、目指している方向が一緒だな」とか「なんだかこの人、好きだなぁ」とか自分の反応を見ていきます。
だから「ご趣味はなんですか?」は質問の王道なのです。
皆さんが気詰まりなのは、もう話す事がなくなっちゃったとか、お互いに沈黙したときが多いのではないでしょうか。
そういうときこそ、体の力を抜いて、ふっと微笑んでみる。そして、「沈黙になっちゃいましたね」と照れくさそうに本心を言ったらいいと思います。相手も同じ気持なのですから。
常に会話が途切れず、楽しい、なんてないということはほとんどないのです。初対面ならなおさらのこと。
喋りっぱなしの人といたら、けっこう疲れますよぉ(笑)。みんな同じなのだから安心していればいいのです。会話が途切れたのは、あなたのせいでも相手のせいでもないのです。
むしろ、会話がなくても居心地がいい人というのが最高ではないかなと思います。そういう人は、一緒にいる空間、その場の雰囲気を楽しんでいるのですね。
確かに初対面の人と仲良くなるテクニックはあるのです。本屋さんに行けばたくさん売っていますよね。
ただ、私はテクニックを超えた、その人の波動というものが、雰囲気というものが相手の心に届くと思うのです。だからね、あんまりテクニックにこだわらない方がいいと思うのです。なんといっても、笑顔が最高のコミュニケーションなのですから。

*コミュニケーションの極意とは
基本的な、気持を伴ったテクニックも含めてお話しましたが、一番大切な、根底にあることは、自分自身とのコミュニケーションなのです。

講座でよく生徒さんに言っているのが「毎日、自分を褒めなさい」です。
自分を愛する、認める、受け入れる。これが出来てくると他者を受け入れることが出来るのですね。自他共に愛することが容易になるのです。
「自分を愛する」というのは、自己中心的、ナルシストになることとは違います。
自分の欲求だけだと内側にエネルギーが向かい、外へは広がりません。「自分だけよければいい」ということですね。
でも自分の存在価値を認めるというのは、自分の命そのものを大切に思うことであり、これは外へ広がるエネルギーとなり、他者との違いを受け入れることが出来て、争いを回避できるのです。調和が生まれてくるのですね。
欲求不満だと「もっとちょうだい」と必要以上に物も相手の心やエネルギーも求めて奪っていくことになるのです。

「私にはどこも褒めるところなんかない」という方は、
今日一日、頑張って歩いてくれた自分の足を褒めてみてはいかがでしょうか。いやいやながらも一日一生懸命、パソコンに向かって働いた目や指にありがとうと言ってみてはいかがでしょうか。
嫌な部長のお小言を我慢して聞いていた自分にご苦労様と言ってみる……。
自分の欠点と見えるところも含め、自分を認めて受け入れることです。
褒めるというのは芸能的な特殊な能力のことばかりではありません。

あなたの命そのものが尊いのです。苦しい中、今日も頑張った自分を認めて褒めてあげなきゃ、自分が可哀想じゃありませんか。そう思いませんか?
コミュニケーションの極意とは、自分も人も大切に、丁寧にお付き合いするということに尽きるのです。

あなたが自分とコミュニケーションが取れるようになると、周囲の人たちに良い影響を与えるのです。あなたのいるところが光に変わるのです。そしてその光は広がっていくのです。無限に、どこまでも……。

2010年4月16日 (金)

No30.行動の持つチカラ(1)誠意はスピード~お礼とお詫び

これまで言葉の持つチカラ、心の持つチカラをシリーズで掲載してきましたが、今回、初めて「行動の持つチカラ」についてお話させていただきますね。
有言実行、論より証拠と言われるくらい、人は相手の行動を見ています。
言葉が変われば心が変わり、心が変われば行動が変わる。行動が変われば毎日の習慣が変わる……。そして習慣が変われば人生が明るい方へ、幸せな方へ変わっていくのですね。
Photo_8 今回は日常生活の中でも必要不可欠な「お礼とお詫び」についてです。自分でもちょっとハードルが高いのですが…(苦笑)。ご一緒に考えていきましょう。
行動の持つチカラは人間力とも言えるのです。

*タイミングが大事
これまたお恥ずかしい話ですが、私は子供の頃、“スローモー”とよく言われていました。よく言えば“のんびり屋”さんなんですね。今でもその性質はあまり変わらず、傍からも私はのんびり、おっとりして見えるようです。本人はけっこう、必死だったりしているのですが(笑)。
普段、のんびりしていても、いざという時はものすごいパワーで行動を起こすので、驚かれる方もいますね。瞬発力はありますが、やはり「とりあえずはまずお茶を飲みましょう」が身上です(笑)。
その私が「○○はスピード」なんて言っちゃうのですから、「どうしちゃったの、はるちゃん~」という声が聞こえそうです。
でも、これは本当のことです。「誠意はスピード」なのですね。
この言葉は以前、私と同じように、「とりあえず一晩寝てから考える」タイプの友人が教えてくれた言葉で、彼女も私と同じようにタイミングを逃して後悔することが多かったようでした。

*お礼は計算ではなく愛の想い
一本、お礼の電話をする、メールを書く、手紙を出す、会いに行く……。ほんの少し、時間を取れば出来ることばかり。それを「明日でいいや」と先延ばし、後回しにしている内に、すっかりタイミングを逃し、あとでその方に会った時に気まずい想いをする……。
私も今まで何回もそんな想いをしてきて、ようやく「すぐやる!」が身につき始めています。正直、まだ修行中です。
そんな私が言うのもおこがましいのですが、この「誠意はスピード」を身につけると、人間関係がものすごく良くなるのです。しかも信用度が増すのですね
特にお礼の場合はすぐに行動に移します。先延ばしにすればするほど、先方に感謝の気持ちが伝わりにくく、気が抜けたビールのようになるのです。
何かをお願いしたいとき一生懸命でも、終わった後、きちんとお礼の気持を言葉にして伝えないと「あの人は頼むときばっかり一生懸命よね」と言われかねないことも……。なんとも残念です。
お礼と一口に言っても、メールで済む場合、重ねてお礼状を書く場合、菓子折りを持って改めてお礼に伺う、お食事をご馳走させていただく、季節のギフト…など色々あります。
これらは頼みごとやお世話になった度合いなどでケースバイケースであり、その方とのお付き合いの深さにも関係してきますので一概には言えませんが、お世話になった場合は、翌日の午前中、すぐに電話をしてお礼を述べるのは基本かなと思います。もしくはメールをするかですね。
これは相手の方のお仕事や生活の時間帯に関係してきますので、ご迷惑にならない方法を選ぶのが良いでしょう。
私は特にお世話になった場合、翌日、すぐに電話(もしくはメール)をしてお礼を言い、その後、きれいなカードに簡潔なお礼を書いて封書で出します。さらにランチなどご一緒できるか伺ってお会いする機会を頂き、ちょっとしたプレゼントを持っていきますね。
お会いするのが難しい場合は、華美にならない程度のギフトをお送りします。
そして折に触れ、近況を伝えお世話になったご恩を忘れないようにしています。
こんな風に言うと「え~、そこまでやるの?めんどくさい!」と思われるかもしれませんが、頼まれごとをするってけっこう、頼まれた方は面倒なときもあるのですね。
だからお礼は労を惜しまず、きちんとしたほうが良いのです。
そうしているとまた次に何かお願いするときは気持ちよく引き受けてくださるし、お相手からも好感を持っていただけるのです。
ただし、大事なことはこれらのことが計算ではなく、愛の行為として誠意を持って行うということです。
難しく考えないで、一本の電話、一通のお手紙。これで充分だと思います。私も普段はそうしていますよ。

*お詫びで大事なのは徹すること
さて、お礼よりハードルが高いのがお詫びです。
ちょっとした凡ミスもあれば、もうお詫びの仕様も無いというくらい、頭のなか真っ白、顔色真っ青ということも人生の中では起こります。
いずれにしても真摯な気持で、誠実に対応することとしか言いようがありません。
相手が激怒している場合、困惑している場合、多めに見てくださっている場合…色々ありますよね。それによっても対応が変わってきますが、自分ひとりでは収まらない場合、仕事なら上司の方が菓子折り持参で、ご一緒に先方に頭を下げてくださることもあるでしょう。
自ら口頭で、手紙で、先方に出向いてお詫びしたりと、お礼と同じように手順を踏むこともあります。
いずれにしても、まず言い訳をしないこと。素直に過ちを認めて、謝ることに徹する。
少し話が落ち着いてきたら、そこで初めてどうしてそうなったのか状況を説明する。もしくは後日、説明をさせていただく。このとき、自分をかばうようなことは言わない方がいいでしょう。
相手の気持を充分汲んで、どのような穴埋めができるのか、今後同じミスを繰り返さないためにはどうするのか……などなど。
真摯な反省と誠意ある態度は、結果、相手の方に好感を持っていただくことが多いのですね。
ミスによって学び、成長します。ミスをしない人は世の中にはいないと思うと少しは気が楽になるでしょう?
私も今までたくさん謝ってきました。そして謝り方も下手でした(苦笑)。
新社会人となった若い方には、そんなことも心の隅に置いていただきたいなと思います。
誠意ある態度でお詫びしていくと、まさにピンチはチャンスになるのです。

*何事も出来る範囲で
お礼にしてもお詫びにしても、そのことに徹するということが一番大事なんですね。
以前、頂いたお礼の手紙にご自分の宣伝が書いてあったり、お詫びの電話なのに、自己弁護に終始し、果ては問題をすり替えていったり……。これでは逆効果。
改めて、お礼やお詫びは本当に難しいなと思ったものでした。
いずれにしてもスピードが大切なので、「誠意はスピード」と私も肝に銘じています。
ただ、自分がそうしているからと言って、同じような対応を人には求めてしまうのも……。やりたくても体調が悪かったり家庭の事情があったり、突発的な状況で出来ないときもあるのですからお互い様ですよね。
そういうときは出来る範囲で気持ちを伝えればいいと思うのです。

心で思っていても伝わらないときがあります。言葉を行動として表すことでよりあたたかい人間関係を築くことが出来れば、本当にステキです。
ありがとうもゴメンナサイも心をお届けすると思えば、相手の方への愛になりますね。
すべては調和するための心遣いなのですから……。

2010年3月22日 (月)

No29.言葉の持つチカラ(3)~気持ちの良いYES

Photo_9  この春、社会人となられる方も多いことでしょう。
フレッシャーズとして緊張しながらも、ご挨拶をしたり、ハッキリとした声でお返事をするなど、業務以前のマナーを身につけ始めている頃ですね。
さて、今回は新社会人だけではなく、オールマイティに高感度が上がる言葉の持つチカラの3回目「気持ちの良いYES」についてお話させていただきます。これを身につけるとあなたの味方がグ~ンと増えますよ。
参考までにNo11、12「Noの言い方、上手な気持ちの伝え方」もご覧になってくださいね。

*和顔愛語
「和顔愛語」という言葉をご存知ですか?
仏教用語辞典を引くと「なごやかな表情と親愛の情がこもった言葉づかい。親しみやすく暖かい態度のこと」と記されています。
私はこの言葉が好きで、日ごろからこの言葉のようでありたいと心を向けています。
と言うのも、これまたお恥ずかしい話ですが、かつての私は暗顔媚語(造語ですよ~)とでも言いましょうか。相手の方に気に入ってもらいたいが為の笑顔と言葉を発していたことがあったのです。
また頼まれごとを引き受けたものの、愚痴や不平不満を言い、果ては勿体をつけたり恩を着せたりする言動をしていたこともありました。こうすることで満たされない自分の気持ちを表し、自分を守り正当化していたのです。なんともはや……。
今、振り返ってもそのときの人たちに嫌な思いをさせたし、このときの自分は可哀想だったなぁと思います。
時間はかかりましたが、そういうクセも努力して手放してきました。そして「No18.そのひと言が人生最後になるとしたら」で書いたように、やはり人は和顔愛語でありたいと思うのです。
ちょっと心がけていけば、誰でも心からの和顔愛語が出来るようになるのです。
この和顔愛語の一番シンプルな形が「気持ちの良いYES」です。

Yes_logo*明るい「はい」は魔法の言葉
新入社員の方は新人研修などで、「上司からの指示の受け方」なども学ばれることでしょう。とにかく最初は出来ても出来なくても「はい」と言って研修を受けていきます。
決して「え~、何でですかぁ、意味わかんな~い」などとは言わないはず。言ったらお目玉ですよね。
実はこの「はい」という言葉が、新入社員であろうと定年間際のおじさまであろうと、とても大切なキーワード。人生を明るく展開させていってくれる魔法のひと言なのです。
上司から指示を受けたり、何かを頼まれたときや出欠席の確認など、お返事をする機会は多いもの。
YESかNOか、考えてから返事をするときもあるし、瞬時に返事をしなければいけないこともあります。
気持ちの良い返事をして、すぐに行動に移す。
当たり前のことですが、同じやるならば気持ち良くやった方が相手からも喜ばれ、感謝されるのです。
また、このように気持ち良く「はい」と返事をして頼まれたことをやっていると、周囲からも可愛がられるのですね。
特に新入社員の方は慣れない仕事で辛いこともあるでしょう。「なんで私がこんなことをやらなくちゃいけないの?」と思うことも。とまれ、お給料とはそのようなものなのです。ましてや新人へは会社がお金を払って(お給料)、仕事を教えてくれているのです。
未経験のことを、お金をいただいて覚えている。つまらない嫌な仕事かもしれませんが、積み重ねることにより、仕事のプロフィールが増えていくのです。
愚痴や不平不満は自分の評価を下げるだけでなく、自分の品性をも下げることだと覚えておくといいですね。

*NOを言うことも大切
ただ、仕事などでもキャリアを積んでくると、立場上、YESと言えない時もあります。
またスケジュールが合わなかったり、ビジネスとして成立しないなど、残念でもお断りするしかないときがありますね。
内心、困ったなと思いながらもYESを言わなくてはいけないときもあるし、あまりにも甘えた依頼にはNOを言うことも大切。「今日も残業代わって~」なんていうのは、断らないといけませんよね。
嫌われたくないから「YES」を言い続けるのは、相手にも自分にも失礼ですし、人から都合よく使われてしまうことにもなることも。
自分のためにも相手のためにも時としてNOを言うことも大切なのです。ですから上手なNOの言い方も、同時に身につけていくと良いですね。
ですが、一旦引き受けた以上、その後、条件などが変わって不利益にならない限り、誠意を持って行いましょう。
そうすると周囲から信頼されてくるのです。
また無理なお願いをされたときはある意味、相手に貸しを作ることにもなるので、その後あなたが何かを頼んだとき、先方はイヤとは言わないはずです。こういうところで相手の誠意を見極めることもできるのですね。

*テイク&ギブ
中には「ギブ」ばかり求めてくる人がいます。そういう人は人を都合よく使おうとします。ただし、自分が成長してくると、ギブばかり求める人は近づいてこなくなります。つまり、普段、自分がお付き合いしている「労を惜しまず、テイク出来る方々」が周囲にいるので、ちょっとずるい気持ちを持っている人は、すでに信用されていないのですね。
常に損得を考えている人に何かを依頼するときも、能力のみのお付き合いになり、その人を誰かに紹介してさしあげようとは思わなくなっていくのです。
私はフリーで長年やってきているので、コレが一番怖いなと実感しています。信用はお金では買えないのです。
気持ちの良いYESを言う。キチンとNOも言える。自分なりの判断基準を持ち、労を惜しまず出来ることはやってあげていると、その相手からではなくても、めぐり廻ってギフトが届くのです。
ビジネス上では損得も考えなければいけないのですが、必ずどこかで帳尻が合うように出来ているのですね。
私の師匠は「くれくれ乞食になるな。相手が求めていることを先にしてあげなさい」と教えてくださいました。
嫌な思いをすることもありますが、反面教師として人を見る目を養い、私もちゃんと「テイク&ギブ」が出来る人になりたいと思います。
私も未だにたくさんの方にお世話になり、足を向けて眠れない恩人がたくさんいます。
またありがたいことに「労を惜しまず、テイク出来る」という友人達にも恵まれています。
いつか恩返しが出来るよう、成長した姿を喜んでもらえるよう、がんばっている最中です。
そして自分が受けた恩を今度は自分の近くに人にお渡ししていけたらと願っています。愛には愛で応え、見返りを求めず、私でお役に立てることがあればと……。
「情けは人のためならず。めぐりめぐってわが身の元へ」。私の祖母が生前、よく言っていた言葉です。

仕事だけじゃなく、身近なところから魔法の言葉「はい」を使っていったら必ず良い方へ変わっていくはず。
家族から「お茶入れて~」と頼まれたとき、気持ち良く明るい声で「は~い」と言って、すぐに美味しいお茶を入れてみてはいかがでしょう。そうすれば、さらに明るい調和した家庭になるでしょうね。
和顔愛語をキーワードにして、気持ちの良いYESで優しさが広がっていきますように……。

2009年11月 3日 (火)

No22.簡単に言えるごめんね。簡単に言えない大切なごめんね

PTAのママ友ユニット、コクーンの作品に「ごめんね」という曲があります。“大好きな人を怒らせてしまった、悲しませてしまった。うまく伝えられなくて、わかりたいのに、分かり合えなくて…ごめんね”という内容の詩です。
私たちは普段、簡単なごめんねは言えますよね。でも本当に言わなくちゃいけない“大切なごめんね”は、なかなか言えないことが多い……。
そこで今回は「簡単には言えない大切なごめんね」についてお話させていただこうと思います。No.18「そのひと言が人生最後になるとしたら…」に通じるものがありますので、こちらもあわせてお読みいただけたらと思います。

Photo_18 *無理をせず本心を打ち明けていたら
これまた私のお恥ずかしい話です。
実は私もつい先日、5年間、疎遠にしていた親友に勇気を出して、「私もゴメンネ」と言ったのです。
疎遠になった大きな原因は、彼女が職場での人間関係で怒り、悩んで、その相談&愚痴を私は何度も聴き、あげく私への当てこすりを行ったからでした。
彼女もとっても辛かったのでしょう。これはエネルギーが欲しいとき、無意識にやりがちなことなのですが、やられたほうは……。
そこで私は何も言わず距離を置きました。
私も私でソウルメイトの親友が亡くなったばかり。おまけに体調も悪く休業をして通院養生している最中だったので、彼女のエンドレスな話と状態を受け止めるには、ちと、きつかったのですね。
私の悪かった点は、「私も今、心身ともに辛いのよ。愚痴を聴くのはいいけど、当てこすりは止めてよね」と言えなかったことでした。さらに「なぜ、聴いてくれてありがとう」が言えないのだろうと相手を責める気持ちが湧き上がったのです。
私もかつて今は亡き親友に、某放送局で辛かった時期に何度も話を聞いてもらい、励ましてもらったことがありました。無限の愛を注いでもらったのですね。その経験があったので、今度は私がそのようにさせていただいたのですが…力及ばず、相手を受け入れる器がいっぱいいっぱいになってしまっていたのでした。
あのとき、もっと上手に、もっと早く、天にその想いをお返しすることができていたら……。無理をせず、本心を話していたら…未熟だったなぁと思います。

*私は本当の友達ではなかった
電話をしても素っ気ない私の対応、おまけにこちらからは連絡をしなくなったので気づいたのでしょう。でも「ごめんね」は無かった……。言い出しづらかったのもあるでしょうし、「それなら、イヤダって言えばいいじゃない」とも思ったのでしょう。当然です、友達なのですから。
私は話を聞きながら、ただひたすら彼女の平安を祈っていたのでした。
ですが本当の友達ならば、いけないことはいけないと言って、心無い行いをやめさせれば良かったのです。言えば分かったはずなのです。その状態を許していたのは、私自身だったのです。本当の愛は時には厳しさも必要であるということが私は出来ていなかったのでした。
こうして30年来の付き合いがピタリと止まりました。それからは他人行儀な年賀状のやり取りだけになり、いつしか5年の月日が流れていきました。
私はこのところ、「悔いなく生きたい」という気持ちが強く、万が一、早々に天に帰ることがあっても「あの時こうすればよかった、あのこじれたことを解いておけばよかった、関係を修復すればよかった」という後悔の思いを残したくないなと思い始めていたのです。
そこで言葉についても「その言葉が人生、最後の言葉になるとしたら」をピュアハート・No.18に書きました。自分自身が書いたことが後押しとなり、思い切って再会して心の内を話し、からまった糸をほどく決意をしたのです。

*言葉がなくても通じる想い
電話の向こうの彼女はとても嬉しそうな声で、私も心からホッとして会う約束をしました。
久し振りにお宅に伺い、成人した子供たちも元気で、嬉しそうに迎えてくれました。堅い挨拶は抜きでお互いの近況報告。5年の隔たりなんてまるで何も無かったかのようでした。
さて、私はそこで本人に「なぜ、自分が離れたのか。」ということを含め、話し合ったでしょうか? 答えは、ほぼ、ありませんでした(笑)。
言葉にしなくてもお互いにわかっているのが充分、伝わっていたからなんですね。まるで先週、会ったばかりみたいにお茶を飲み、笑いあい、近況を話していました。それがとても自然だったのです。
少しだけ、ふたりとも大人になったのでしょう。長年の友情と信頼が一気に時を埋めてくれたのです。
ただ、私は「イヤだと言わなかった私も悪かった。ごめんね」と言いました。言わないとスッキリしなかったのです。彼女は照れくさそうに笑っていました。自分のしたことがわかっているのです。あえて謝罪などはありませんでしたが、その照れくさそうな笑顔で充分だったのです。
私もすでに「ごめんね」を相手に求めてはいなかったからです。

*正しいにこだわると大事なものがこぼれ落ちる…
大好きだからこそ、こじれたとき余計反発する。「もう絶対、イヤ!」という気持ちも強くなる。どうでもいい人にはそんな感情は湧きません。好きだからこそ、気になる人だからこそ、その気持ちのふり幅が大きくなる……。
人間って本当に不思議です。皆さんもそういうことってありませんか?
なんでもない「ごめんね」は簡単に言えます。でも「本当に大切なごめんね」は、なかなか言えません。私もこのことでは5年かかりました。時間が解決してくれることもあるでしょう。何も言わないでいるほうが良いこともある……。
でも「あのとき謝っておけば、こんなことにならなかった」ということもあるのです。最近の事件、特に親子・兄妹間の悲惨な事件など目にするとそう思いますね。不用意なひと言が命を奪うケースもあるのです。
「ごめんね」が言えないのは、プライドゆえのこともあるでしょう。「自分が正しい!」と思っていることもあるでしょう。または「なんで私が謝らなきゃいけないの?向こうが悪いのに」などなど。
そうやって自分の正しさに固執していると心が堅くなってしまうような感じになって、私はとても居心地が悪くなります。負けるが勝ちではありませんが、そういう“心に負荷をかけるような感情”は手放してしまった方が楽になるのではないでしょうか。
私もそうでしたが、誰もが自分が正しいと思っているのではと思います。そこにこだわると大事なものが手のひらからこぼれ落ちていく……。大きな目で観れば、生きている時間は短いのです。もったいないことだなと思います。
時の流れの視点を変えてみれば、前世で自分がそういうことをしていたのかもしれません。
そこで今回は「気がつきなさいよ。前世での失礼をチャラにしなさいよ。」とバランスを取るためかもしれません。起こることはすべて「自分には関係ない、私は悪くない」ではないのでは、と思うのです。
囚われ(とらわれ)を手放す、とでもいうのでしょうか。時間がかかってもそのほうが心の健康のためにもイイナと思いました。赦す(ゆるす)とは、こだわっている想いを手放すことなのかもしれません。

Photo_19 *相手を赦すことは自分を赦すこと
彼女のお家に伺ったときは、ちょうど家族の大問題が持ち上がっていたときでした。帰り際にご主人から「いいときに来てくれた」と感謝されました。
本当はもう一ヶ月ほど早く行きたかったのですが、調整がつかずその日になったのですが、どんなときでも、神様は無駄なことはなさらない、必要必然で人を動かすのだなぁと思いました。
自分の自我欲望をなくして、直観と流れに逆らわず動くとき、天はすべてに一番良いようにしてくださるのですね。だからお任せしていて大丈夫、とはこのことなのだと思いました。
お互いに会わなかった5年間に様々な事がありました。その間、一人で考え、友とは…と思いを向けたのも良い機会だったのだと思います。私も同じ時期に大切な友をふたりも失ったのですから。

少しの勇気と本当に大切な「ごめんね」を言えたとき、私たちの背中に天使の翼があるのなら、その翼はさらに大きく美しく羽ばたくのでしょう。たとえ、「ごめんね」を相手が受け取らなかったとしても、やるだけやった自分を愛おしいと思うのではないでしょうか。
ごめんねを言いたくてもすでに相手が亡くなっていたり、法的に会えなかったり、今、どこにいるか分からなかったり、過ぎたことで今さら会うのも……などなど。
そのときは心の中で「あのときはごめんね。」と相手の方に想いを送ってみてはいかがでしょう。そして相手の幸せを祈ってみる……。たとえ会わなくても、その想いは確かな光として、その方に届いていると思うのです。
相手を赦すことは、自分を赦すことでもあると思うのです。
「あのときはごめんね」が言えたら、そこにまたひとつ光の輪が生まれることでしょう。

次回は「この瞬間は光でいっぱい」というテーマでお話させていただこうと思います。
私が体験したちょっとスピリチュアル系のお話です。

2009年9月 5日 (土)

No.18 そのひと言が人生最後になるとしたら……

言葉には計り知れない力があり、愛のある言葉は生きる勇気や希望の光となって、心の中で輝き続けます。
それでも時として、つい口からこぼれてしまう否定的な言葉……。口は災いの元、なんてよく言いますよね。
いくら気をつけていても相手の方の受け取り方もありますし、悪気のないウッカリ発言もあります。
そこで今回は私が日ごろから人との会話の中で「この一線だけは越えない」と心に強く思っていることをお話させていただきますね。

Photo_27 *言葉と心は繋がっている
私は今でこそ、さほど注意を払わなくても否定的な言葉をあまり使わなくなっていますが、それまでどれほど心無い言葉を口から出してしまったことか……。
後悔が重なり「絶対、愛の無い言葉は口にしない」と固く決意してから、もうどのくらい経つのでしょう。
時間の流れの中で自分の心が愛に満たされ、自分を大切に思う気持ちの比率が上がるにつれ、人を傷つけ自分を傷つけるような言葉は言わなくなっていきました。心と言葉は繋がっているのですね。

*大切な人を亡くしたとき……
そんな私がいつも心の奥で強く思っていることは、「このひと言が人生最後の言葉になるとしたら」ということです。
そんな辛気臭い、縁起でもないと言われそうですが、そうなんだから仕方がない(苦笑)。
というのも、私は5年前に大切なソウルメイトの親友を病気で亡くしています。
正確に言うと持病の悪化と風邪が重なり、苦しいのを治してもらおうと救急車で病院のER(緊急救命室)に運び込まれ、ご主人に手を振って「行ってくるね」と笑顔も見せて、治療室に入っていきました。
ERから出てきた彼女は意識がなく、そのままの状態で一ヵ月半後、天へと帰っていきました。最後の言葉が「行ってくるね」だったのです。

私には救急車に乗る2時間前に「ちょっと体がピンチ!」というメールを送ってくれていました。「いつも降る星のごとく、はるちゃんに愛と光が降り注いでいますように」という言葉とともに……。
PCに届いていたメールを開けたのは着信から5時間後でした。もう夜中なので着信音で起こしてもかわいそうと思い、翌日、代替医療の信頼できるドクターの情報をレスし、励ましと祈りのメールを送りました。

それから5日後の夜、ご主人から電話があり「ようやく、はるちゃんがつかまった!」と電話口で泣くのです。
彼女の弟さんが電話に代わり「みどりちゃんが…」と知らせてくれたのでした。
ご主人の手元にあった私の連絡先は引越し前の古いもので、必死に私の連絡先を探していたそうです。
意識が無く、たくさんの管を体に差してベッドに横たわっている彼女の姿を見た後、私は「最後に会ったのはいつだったろう、何を話したんだっけ…」と思い返していました。
もっと会っておけば良かった、もっと早く帰宅してメールを読んですぐに電話をしていれば、もっともっと……。
これが最期にならないようにと祈りながら。
それでも彼女は「もうこの世に未練は無い」と私の心に伝えてきます。ただ、「ずっと一緒にいるからね。そばにいるよ」というメッセージを送ってきました。
「ずっと一緒」というそのメッセージだけご主人に伝えて、私は彼女が旅立とうとするのを見守るしかありませんでした。

*たとえ正義であっても
私は命の片割れのような親友を亡くし、愛する祖父母を見送り、人の死というものを身近に体験しています。皆さんも同じですよね。
輪廻転生を信じ、命は永遠、魂は不滅と深い意識レベルで知っていても、それでも肉体での別れは切ないものです。
人はそれぞれこの世に降りて来るとき、生きる年数を決めてくるといわれています。天からいただいた命、定命です。その命の終わりのときは分かりません。
だからこそ、今という時間を大切にしたい。今、目の前にいる人にやさしくできるか、温かい交流を持てるか。
私にとってはとても大切なことなのです。
もし、自分の感情に従って(負けて)、たとえ正義であれ、心無い言葉で相手を傷つけたとしたら、冷たい態度で相手に悲しい思いをさせたら……。もし、それが相手にとっても、自分にとっても、それがこの世での最後の記憶になるとしたら……。
“刹那的な考え”と言われても、私にはそれは耐えられないことなのです。

Photo_28 *人との大切なご縁
命はいつ終わりを迎えるか分からない。どれだけ愛の心をこの世で実らせ、光らせ、愛を表現できたか。それだけをこの世での成績表として天に持って帰れるのでは思います。
人と会って別れるときに「じゃあまたね」といってバイバイしますね。そのとき、明るい笑顔で「またね」と言いたいと思います。
相手の心にも自分の心にも痛みを与えないように、影を落とさないように。自分から縁を切らないように、人との別れは自然の流れに任せられたらいいなぁと思います。
なかなかそうはいきませんが……恋愛とか結婚とかは特にね(苦笑)。
真意がうまく伝わらなくて誤解されちゃったり、「そんなつもりで言ったのじゃないんだけど」とか、気がつかないうちに相手を傷つけていたりとかもありますよね。また自分自身がデリケートになり過ぎていたりとか……。
そんな痛い経験もしながら学び、愛を深めていくのでしょう。
どうしても苦手な人には、「ご挨拶だけはちゃんとして、あまり深入りはしない」としていますが、この辺、私ももう少し成長しなくちゃなぁと思うところです。
すべてサラサラ流せて、これが最後に…なんて考えることもなく、あるがままに生きて行けるようになれたらいいなと思います。

もし、その言葉が「この世での最後の言葉」になるとしたら、私はやはり愛の言葉でありたいと思います。私の親友は計らずも「行ってくるね」という言葉を微笑みとともに家族に残し、本当に天へと帰っていきました。
私も言葉と想いと態度を一致させて、温かい愛の交流をしたいと思います。自分も相手も痛めつけなければ、今いるこの足元から光が広がって、その光はやがて世界を包むことでしょう。世界人類が平和でありますように

次回は「ヒーリング~未来の私からのメッセージ」をお話させていただこうと思います。

2009年7月 7日 (火)

No.14「言葉の使い方実践編(2)~“でも、だって”を使っていませんか?」

Photo_38 この「ピュアハート」で書いていることは、私自身が自らの「やっちゃったなぁ~」という失敗経験から学んだことばかりです。どなたかのお役に立てればと思い、書かせていただいていますが、けっこう恥ずかしかったりして(苦笑)。

さて、今回はちょっとした言い方で、あなたの魅力がグ~ンとアップする言葉の使い方実践編の2回目です。
「その考え方、ちょっと違うなぁ」とか「そうは言っても」と言いたくなる時ってありますよね。
「私はそうじゃないの」と反論することもあるし、言い訳をしたいときもある……。そこで、そういう時の上手な言い方をお伝えしますね。
今回は簡単明瞭。たったひと言で受ける印象がガラッと変わりますよ。
結論から言ってしまうと、「でも」と「だって」を使わない。これだけです。

*実は私も言っていました
私は以前、大変お世話になっているアナウンサーの大先輩から「君は、“でも”と“だって”が多すぎる」と言われたことがあります。もちろん放送中での話し方ではなく、マイクを離れた素の状態のときの私の会話についてでした。
知らない間にクセになっていたんですね。「はい」の代わりに言うような相槌のようなクセ。それが、「でも、だって」になっていたのでしょう。
もちろん、自分の気持ちを伝えたい。「でも、そうじゃないんです」「だって、しょうがないじゃないですか」「でも、それより、こっちのほうがいい」「だって、無理なんだもん」……。
言う方は一生懸命です。言われた方は、あまりいい気がしません。反論されたわけですよね。気持ちを伝えようと話をしているのに「素直じゃない」って思われてしまっている。損ですよね。
大先輩から忠告されて以来、私は反省してこの言葉を極力、使わないように気をつけました。
お叱りは痛かったですが、これにより人とのコミュニケーションが格段に良くなったのです。
あのとき、このことを教えていただかなかったらと思うとゾっとします。

*そんなつもりじゃないのに
立場を換えてみるとよく分かりますよね。
相手に良くなってもらいたくて注意をする。自分の意見を述べる。普段の何気ない会話……。
さまざまなシーンで話しているとき、相手の人が「でも、だって」を頻繁に言ったらいい気がするでしょうか。
「でも、だって」は反対意見の言葉です。
「でも、だって」をしきりに言われたら、もう話すのがイヤになってしまうかも。特に、うんと年上の方にしてみたら「生意気」と取られてしまうこともあります。そんなつもりで言ってるんじゃないのに損しちゃっているわけです。
もちろん、自分の意見を言う事は大切です。反論することも大切です。
そこで、「でも、だって」の代わりに使える言葉をお教えしますね。

Photo_39 *お助け言葉はコレ!
それは、「ただ」という言葉に置き換えればいいのです。または「そうなの(?)」も使えますね。
例文を挙げてみましょう。
「でも、その時間じゃ間に合いません」→「ただ、それですとその時間には間に合わないのですが」
「でも、もう休みたいんです」→「ただ、今はちょっと休みたいと思っています」
「でも、今度は無理!」→「ただ、そうねぇ…。次がいいかな」
「えー、だって黄色の方がいいじゃない」→「そうなの?私は黄色が好きだなぁ」
「だって、間に合わなかったんだから、しょうがないじゃない」→「そうなの。だから間に合わなかったの」

気がつきましたか?この言葉に置き換えると、言い方が柔らかく丁寧な感じになるんですね。
「でも、だって」だと、キャッチボールではなく、バッティングセンターのように、相手が投げた言葉をカキーンと打ち返してしまうのです。
「ただ」「そうなの」は一回、相手の気持ちを受け止めているんですね。言葉と気持ちをひとつにした相手とのキャッチボールになります。これがポイントです。
「そうなの」を言いづらいときは「そうかなぁ」とか「そうなの?」という変化球にすればいいのですね。
たしかに「でも、だって」を使うと会話のテンポは良くなるので、気心が知れた仲良しグループでおしゃべりしているときには楽しさ倍増、話が弾んでいいでしょう。私もそういうときは使っていますねぇ。
ただ、オフィシャルな場面や上司や目上の方と話すときなど、気をつけたほうがいいと思います。
急には身につかないので日ごろからお友達を相手にして、少しづつでもいいから言い慣れていくといいでしょう。

たったひと言、言い換えるだけで、人とのコミュニケーションがグ~ンと良くなり、あなたの好感度が上がりますよ。
言葉への意識は、人への気遣いであり、優しさにつながります。
「でも、だって」の代わりに「ただ」という、このひと言を使って、あなたも明日から言葉美人になってくださいね。

次回は「心のエネルギーを分散させなければ、願いは叶う」についてお話させていただこうと思います。

2009年5月26日 (火)

No.11 言葉の使い方実践編(1)~NOの言い方、上手な気持ちの伝え方・前編

今回は、言葉の使い方実践編です。前編と後編の2回に分けてお送りしますね。

自分の気持ちを相手に伝えるって、けっこう難しいですよね。
「大好き!」の気持ちを伝えるならば、ちょっと恥ずかしいけど がんばってみようと思うけど、その反対は言いづらいですもんねぇ。
そこで今回は「NOの言い方、上手な気持ちの伝え方」についてお話させていただきますね。気持ちを伝えることでより良いコミュニケーションが取れ、風通しの良い人間関係が築けるといいですね。
前編は「オールマイティに使える言い方」です。

Photo_45 *実は私もうまく言えなかったんですよ。
思うように伝えられなかったり、誤解されちゃったり、ホントは言いたくないのに、という経験……。
皆さんもありませんか? 私は山ほどあります、しかもこの類のことは思いっきり苦手でしたし、今でもあまり…(苦笑)。
ですが、無謀にも?今回このテーマを選んだのは、私の大切な友人が職場で辛い思いをして、その心の痛みが体にまで影響を及ぼし、手術するかも……と。
「NOをうまく言えない、ストレスを溜めてしまう」……。このことが体と心を蝕みます。
私自身もNOが言えなかった人間でしたので、長い時間と経験を重ねてようやくNOが言えるように、そして自分の気持ちを相手になんとか伝えられるようになってきました。
その経験から得た、話し方、伝え方、思いの持ち方についてのHow to です。
困っているあなたの参考になれば何よりです。

*オールマイティに使える言い方
自分の置かれている立場、相手、時と場所によって言い方も変わる……。本当にケースバイケースですよね。
なんでもかんでも正直に自分の気持ちを言えば良いってものじゃない。誰もがそれを分かっていて、しかも遺恨を残さず出来れば円満に済ませたい……。そう思いますよね。
そこで「オールマイティに使える気持ちの伝え方」についてレクチャーしましょう。
そんな夢のような言い方ってあるの?と思っているあなた、それがあるんですよ(キッパリ!)。

例文でいうとこうです。
「私はこういうことをされるととても辛い。だから○○することは止めてください」
「私はこの言葉にとても傷ついているんです。こういうことはもう言わないで下さい」
「私は○○をされると本当に悲しい」
「私はあのときの言葉を信じてしまったの、だからこの事態にどうしていいかわからない」
「私は今、腱鞘炎にかかっていて、努力はしていますがいつもより作業に時間がかかってしまっています」
「私はあなたをとても愛しているけれど、こんな風にされると切ない」
「私は今、自分の夢に向かって一生懸命がんばっているところなの。だからあなたの気持ちに答えられなくてごめんなさい」etc…。

気がつきましたよね。そうです、「わたしは」で話し始めるのですね。
そうすると、「私の気持ちを伝えている」ことになるのです。そしてどうして欲しいかを明確に言うこと。コレも大切です。
さらにもうひとつ。例文には「あなた」という言葉をあまり使っていないですよね。
使っているときは、相手の気持ちを尊重しているパターンのみです。
以下の文を読んでみてください。どう感じますか?
「○○さんのすることはみんなの迷惑なんです」
「だって、あなたが○○したからじゃない!」
「○○部長はどうして私ばっかりの目の敵にするんですか!」
「あなたの望むことは無理なんです!」etc…。

これで分かるように、言葉の中に「あなた」を入れて抗議すると、相手を強く責めてしまうことになります。
しかも「だって」と「あなた」が一緒になると、最強タッグの責め言葉といってもいいでしょう(苦笑)。さらに「私」ではなく「みんな」にしてしまうとよけい事態がこじれてしまいます。
「○○ちゃん、何度言ったら出来るの!」「あなたの言うことは~」「あなたがこんなことするから私が迷惑するんでしょ!」etc…。

Photo_46 ね、「私」から始めるのと「あなた」から始めるのとではこんなにも違うのです。
この違いが相手との感情的ないさかいから、あなたの身を守ってくれるのです。
人と人とがうまくいかなくなるのは感情的なことがほとんどです。
たとえそれが正当で正論であっても、感情的にはしこりが残る……。
だから正しいことを言うときは、少し控えめにするほうがいいのです。「わたし」という言い方で話し始めるのがgoodと言えるのですね。

*あなたが気持ちを伝えたという事実が大切
自分の気持ちを伝えることで、相手が「そんなつもりじゃなかったんだけど」とあなたの気持ちを丁寧に受け止めてくれて、問題が改善されたら嬉しいですよね。雨降って地固まる、ではないですが、これによって心地よいコミュニケーションが取れるようになるならば、思い切って言ってみる価値はありますよね。


まぁ、それでも通じない人もいるわけですが、そういう人のことは周囲の人はみんな分かっていますから、あなたの評判が落ちることはないと思いますよ。

NOを言えないで気持ちを溜めていってしまうと、いつか爆発します。または体に変調をきたす事が多いのです。
気持ちを我慢しすぎていると自分がどんどん無力に思えてきてしまうのです。そんなのイヤですよね。以前の私がそうだったのです。


大切なのはあなたが「自分の気持ちを口に出して伝えた」という事実なのです。
お話してみて、相手がピンと来なかったり、反論しても、それに反応せずに「同じことを繰り返し言えばいい」のです。
それ以上言うと、慣れないうちは感情的になって言わなくてもいいことを言って、結果、相手を責める言い方になり、口論となってしまう……。
小さな一歩から始めましょう。
我慢すべきところは我慢が必要ですが、自分の気持ちを殺さずに、少しづつでもいいから自分の気持ちを伝えていってみましょう。きっと自分のことがもっと大好きになってきますよ。

さて、次回は後編です。「お断りするときの言い方」やパワハラなどの理不尽な被害に遭った時の言い方などについてお話しますね。

【今回のPOINT】
・「やめてね」と言うときは『私は』という言葉から始め ると良い。
 そうすると自分の気持ちが伝わる。
・「あなた」という言葉、「相手の名前」を入れて“止め て”を言うと、責める印象が強くなる。
・気まずさを恐れるあまり、無理して自分の気持ちを言わ ないでいると、自分が無力になったような感じがしてく るから要注意。
・自分の気持ちを上手に伝えることで、風通しの良い人間 関係を築きましょう。

次回は言葉の使い方実践編(1)~NOの言い方、上手な気持ちの伝え方・後編。
「お断りするときの言い方」をはじめ、パワハラの対応、「わたし」という言葉の持つ力についてもお話させていただきますね。