音楽

2011年2月18日 (金)

No48.内在する無限なる感性~ラブ&ピース・リーディング 

Fairy2_2
昨年9月から正式に「ラブ&ピース リーディング~武田はるか朗読教室」を開催して、早や半年になります。
そこで今回は参加された皆さんの朗読を聴いて気づいたことや感激したことなどのお話させていただきますね。
教える立場の私が皆さんから教わることが多く、私たちの内にある無限の可能性や豊かな感性に驚くばかりです。

*音楽の力を借りて花開く感性
私はこれまでナレーションやDJをしてきて、音楽のチカラのすごさを実感しています。
音楽によって読み方が変るのは当然ですが、音楽の持つチカラによって感性の扉が瞬時に開いていくのです。
たまに開催する朗読ライブも言葉と音楽の一体感をお客さまに楽しんでいただいてきました。
音霊、言霊がひとつになると作品の想いが聴く方の心の奥深くに届き、色鮮やかな情景が広がります。
そこでこんな楽しいことは是非、皆さんにも体験していただきたいと思い、始めたのが「ラブ&ピース リーディング~武田はるか朗読教室」です。
この朗読教室は今までの既成の朗読教室とは全く違い、たった10分ほどの間にガラッと読み方が変り、その方の持っている豊かな感性が花開くのです。
その魔法のような方法は、先ほどからお話している音楽のチカラのワンプッシュです。

私も今まで長い間、ナレーションの勉強やお芝居の勉強の中でセリフを体得したり朗読の訓練を積んだりして来ました。
特に朗読の練習は地道で、長い時間をかけて技術を研鑽し表現力を身につけていきます。
うまく読めない自分にいらだったりもします。楽しいと言うよりも修行です。
プロのナレーターを目指しているのならば別ですが、カルチャーとして学ぶのであるならば、楽しくて上達が早い方が良いと思うのですね。
私が提唱しているのは、上手く読めることではなくて、自分の中に豊かな感性があるということを感じていただきたい、自分にしか読めない読み方を体験していただきたいと言う事でした。つまり、「私は私でいい」ということです。

*オンリーワンの表現になる
実際にどのようなレッスンしているかというと、参加者の方にはご自分が読みたいラブ&ピースな作品をお持ちいただき、お持ちでない方にはこちらで用意してあるたくさんの原稿から好きなものを選び、読んでいただきます。ひとりひとり読む作品が違うのですね。

同じ原稿を3回読んでいただくのですが、一回目は、その方の思うように読んでもらい、私がその読み方の良かった所の感想を言い、「今度はこんな感覚で読んでみてください」と言って、2回目を読んでもらいます。
つまり1回目が悪いのではなく、「それはその方らしい良さの読み方で成立しているので、今度は別の表現もしてみましょう」と提案し、表現の引き出しを増やすのです。
朗読の指導は普通、細かい注文が多いのですが、私の場合は大雑把で、「森の中を実際に歩いている感じで」とか「皆さん、ではなく、目の前にいるたった一人の人に話しかけている感じ」とか「笑顔で」「真顔で」とか「自分の体がう~んと大きくなった感じ」といった具合にレクチャーします。
そうすると2回目の読み方は前とはかなり変化しています。その変化を他の参加者の方は耳で感じ取り、ひとりずつ感想を言っていただきます。
決して足りないところを指摘するのではなく、良い所の感想を言うのです。
これは聴いている人の耳を鍛えます。聴く耳が良くなると読みも上手くなり、何よりも人への優しさや愛の心が深くなるのです。
良い所を伝えるというのは愛の心でなければ出来ないのですね。
そうして3回目。私がその作品に合った音楽をその場で選曲して、その音楽に乗せて読んでいただきます。
するとガラッと変るのです!まるでテレビから流れてくるようなナレーションになるのです。大げさに言っているのではなく、本当にそうなるのです。
音楽と言葉が共鳴して読み手の感性を開き、一気に深い表現できるのですね。しかもそれはその人にしか出来ない表現で、オンリーワンなのです。
その変りようにみんなが驚き、感動し、時にはみんなで涙を流して「すごい、すごい!」と連発しています。私もビックリして感動して、みんなと一緒に泣いています(笑)
不思議なことですが、同じ原稿を他の人が読むと雰囲気も変るので選曲も変わるのです。

普通、このように大きな進歩が見られるには、かなりのレッスン時間が掛かります。でも音楽のチカラによって、自分の内部で共鳴が起こり、感性が一気に花開くのです。
それは本来、その人自身が持っている素晴らしいチカラなのです。
心が動けば声も表現も変るのですね。

*訛っていてもいいじゃない
アクセントや文脈やセンテンス、スピードなど、読む上で気をつけることはたくさんあるのですが、それよりも自分の中にあふれるほど豊かな感性がある、美しい感受性があることを知っていただきたい、体験していただきたいと思っています。
なかにはお国言葉、つまり標準語ではない方もいらっしゃいます。そのような方の場合は、アクセントを直すよりも、生まれ育った土地のイントネーション全開で読んでいただきます。そうすると何ともいえない温かかみのある朗読作品になるのです。
これは私には出来ないことで、その方にしか読めない読み方なのですね。訛りがあってもいいのです。なまじ方言を直そうとするから変になってしまう。その方が持っている特性を伸ばせば良いのですね。
また他の朗読教室で「ちゃんと読まなければいけない」と指導されてきた方は、このレッスンで「楽しんで読んでいいんですね。型にはまらなくていいんですね。読むのがすごく楽になりました」とおっしゃってくださいました。

*読む人の人間性、愛の深さが滲み出る
「ねばならない」というやり方がどれだけ人の自由性を奪っていることか……。
もちろん基礎や真面目に取り組むことは大事ですが、楽しく、自分を認めて、やっていくうちに必要なことは自然と身につくのですね。知らず知らずのうちにバランスが取れてくるのです。
この朗読教室は技術の指導ではなく、本人も気づいていなかった自分の良さを引き出すレクチャーといった方がいいかもしれません。
「思ったことが上手くいえなくて」という方の、ぽつぽつとした語りは胸に響き、目読だけでは分からなかったその作品の深みや言葉に込められた意味が、その方が読んでくださったことで初めて分かり、みんなが泣きます。
上手い、下手ではないのですね。その方の人間性、愛の深さが朗読に滲み出ているのです。
人間って本当にすごいなぁと、毎回、気づかせていただいています。
教える立場ではありますが、むしろ私のほうが教えていただいている気がします。

さて、この朗読教室をやっていて私は何が一番大変かというと、今、その方が読んでいる作品に一番ピッタンコな音楽をその場で決めることです(笑)。
みなさん、一様に「はるかさんがどんな音楽をつけてくれるのか楽しみ~」とおっしゃっています。ありがたいことです~。
自分が楽しくて始めたことがみなさんに喜んでいただいている。こんなに幸せなことはありません。どうぞ一度ご体験下さい。目からウロコのレッスンです。

2010年8月27日 (金)

No39.無垢な夏の日~海と夕陽と追悼コンサート 後編

Cd 「No.38 無垢な夏の日~海と夕陽と追悼コンサート」の後編です。
この後編に登場する森卓也さんと真砂秀朗さんについて「プロフィール」ページに掲載されていますので、こちらもご覧になってくださいね。

*月の光とともにコンサート会場へ
8月22日、この日のおーちゃんとなみさんと私の3人がスムーズにコンサート会場へ到着できるように、時間もバスもタクシーもカフェも出逢う人も、まるですべてが完璧に整えられているかのようでした。
大好きなアーティスト、ネィティブ・フルートの真砂秀朗さんとピアノのウォン・ウィンツァンさんのニューアルバム リリースコンサート「エターナル・トルゥース」です。
会場は葉山福祉文化会館ホール。
私は初めて来たのですが、敬愛するサウンド・プロデューサー森卓也さんがレコーディングのマスターエンジニアとして、ウォンさんと真砂さんの作品を手がけ、何度もこのホールで演奏し録音していたのでした。
森卓也さんは8年間の闘病の末、今年の3月に宇宙へ還って行きました。私にとって2月の片岡慎介さんに続いて、またひとり大切な恩人が旅立ったのでした。

海の見えるデニーズからタクシーに乗り、森戸海岸から民家を縫うように山へと車は進みます。
葉山の海の金色の夕陽の中で無邪気に笑っていた私たちは、いつしか上空で銀色に輝く満月の世界に入っていきました。
会場に着いて、来場者でにぎわうロビーへ。
なみさんのお嬢さんの結花ちゃんとも合流して、嬉しい笑顔が広がります。結花ちゃんのお友達の亜也子ちゃんにも「こんばんは」をして、改めてロビーを見渡しました。
なんとなく、いつものコンサート当日の雰囲気と微妙に違うのです。ロビーの空間の中に薄い少し暗めのブルーの色が漂っているというか、透明な哀しさのようなものを感じたのです。
なんだろうなと思いながら客席に入り、すぐに音響のブースを見ました。森さんはもうそこにはいないのに……。大きな笑顔で「やぁ、どうも~」という声が聞こえてきそうで、懐かしくて、切ない。
森さんの片腕だった間宮さんがいたらご挨拶をしようと思っていたけれどいなくて、ちょっとがっかりしたりして。
自分がこんな気持ちだからロビーの空気がなんだか少し哀しいなんて感じたのかな、なんて思いながら席に着きました。
定刻で開演し、真砂さんのネィティブ・フルートのソロがゆるやかに会場の空気を海や空を感じる世界へと変えていきます。そしてウォンさんの登場。
軽くお互いにエールを送りながら、「今日はお盆だから親戚がいっぱい来てるね」と会場の笑いを誘います。
私は「あっ、そうか!今日は旧暦のお盆だったんだ」と初めて気がつきました。月遅れのお盆ではなく旧暦のお盆です。「だからだ。いつもとちょっと違うと感じたのは、ロビーのスタッフの方もお客様の中にも3月に逝った森さんを悼んでいたんだ。みんな同じ気持ちだったんだね」。
目の奥がツンと痛みました。

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*永遠の真実
コンサートの曲目は最新アルバム「エターナル・トルゥース」の曲順通り進んで行きますが、ウォンさんから「今日の演奏は、録音されたCDとは全然違う曲になっています」とトークが入り、会場に笑いが広がります。
このアルバムは、インプロ、即興の要素が強いスピリチュアルなコラボレーションアルバムだからなのですね。
分かりやすいメロディアスな音楽というよりは、瞑想状態に誘うような深さと気持ちが軽くなっていくような感覚があるのです。
演奏しているお二人もこの世に軸足を置きながらも、瞑想状態で演奏しています。自然な呼吸とリズムで海や森や空へ体が溶けていくような感じの美しい旋律が生み出されていきます。
今回のコラボレーションアルバムは3作目にあたり、エターナル・トルゥース=永遠の真実と名づけられた“本当の音”を追求したものだと思いました。
それは3作全てこの葉山福祉文化会館ホールでレコーディングしてきた真砂さんとウォンさんと森さんの歴史と音に対する決意だと思うのです。
演奏が始まってすぐに真砂さんのフルートの音色は、より自由で“境界線がなくなった”と感じました。まるで空気中にある音をフルートで紡いでいるような、見える世界と見えない世界のラインが薄くなってしまっているような、両方の世界をうまく繋いで調和させている。そんな感じがしました。
ウォンさんのピアノもさらに凄みが増した感じで、どこまでも透明な響きは迷いがなく、光の粒子をたっぷり含んだ音色がまるで聖水のようにすべてを清めているようです。多分、天国で響いている音色はきっとこうなんだろうなと思わせる深くピュアなピアノです。
合間のトークでウォンさんが61歳になったこと、大切な仲間が何人か旅立ったこと、今も病床にいる人……これらの人へ思いを馳せ、「お盆だからね」と言う。
そうか、森さんだけじゃなかったんだ……。私よりも年齢が上のウォンさんと真砂さんはもっと多くの大切な人を見送っていたのだなと気づきました。
今回のコンサートはニューアルバムのお披露目ではなく、追悼コンサートだったのです。

*こういう音に繋がっていれば、私は大丈夫
2部の始まりにウォンさんがチベッタン・ベルを鳴らしました。さらにピアノの弦をかき鳴らし(ホールの人に怒られていたみたいだけど)、み霊となった方々へ合図を送っているようでした。
私も開演前から森さんに意識を合わせ、祈りを捧げていました。そうすることで、この世とあの世の扉が少し開いて、存在が近くに感じられ、「いつも一緒ですね」とニッコリ笑顔を向けられる様な気がして……。
コンサートも終盤、10曲目の「環・サークル」がウォンさんのピアノで始まったとき、「この曲は森さんに捧げている!」と強く感じました。
そしてこのアルバム自体が森さんに捧げられていたのでした。
愛おしく思う気持ち、まだまだ一緒に仕事をしたかった思い、病魔と戦い抜いたソウルメイトへの労わり、肉体では会うことが出来ないけれど、スピリッツは常に繋がっているという確信など、言葉では表しきれない愛とリスペクトが美しく強い旋律に込められていました。
コンサートが終わって、ロビーで真砂さんに「環は森さんに捧げた曲だと思いました」とお話したら、分かったんだねという顔をされ、「祈ってくれてありがとう」と言って下さり、気持ちを共有できて私はまるで生まれたての心に戻ったような気がしました。

音楽の好みは本当に人それぞれで、聴き方、受け取り方も様々で、どれが正解なんていうこともなく、ただ、真砂さんウォンさんのように地球意識を持ったアーティストが自然と共鳴して真実の音を奏でていることを多くの方に知っていただきたいと思いました。
お二人のHPも是非、訪ねてくださいね。
私自身、このような音楽と繋がっていれば大丈夫だな、自分らしさを見失わずにブレることがないなと思っています。
今年に入り、慣れないことをいっぱいやって、ものすごく忙しかったりして、お二人の音楽を聴いたら、心が堅くなっていたんだなと気がつきました。ゆっくりと心のひだが柔らかく潤ってくるのが分かります。「本当はこの世界にずっといたいけれど、今、置かれているところでやることをやろう。それでまた疲れたら、この音の世界に帰ろう、ウォンさん、真砂さんに会いに来よう」と自分に約束しました。

おーちゃんもなみさんも結花ちゃんも亜也子ちゃんもみんな、幸せそうな満たされた顔で客席を後にしました。
「良かったね~。光をいっぱいもらっちゃったみたいだね」と同じ感想があふれます。そして彼女たちが口には出さなくても、ちゃんと祈りを捧げていたことも澄んだ瞳に映っていました。

会場の外へ出たら、あと少しで満月になる月が降るような銀の光で迎えてくれました。
生きている人も肉体を持たなくなった人も、繰り返される輪廻の中でやがて光となり、大いなる宇宙とひとつになって、この世もあの世も照らしていくのだなと、ふっとそんなことを無垢な夏の一日の終わりに思ったのでした。

2010年8月25日 (水)

No38.無垢な夏の日~海と夕陽と追悼コンサート 前編

Photo 体温と同じ気温、強い日差し。今年の夏はいつも以上に暑く、その分、夏の思い出も色濃く心の奥に焼きつけられているかのようです。
このところ、昼の暑い盛りはなるべく外に出ないようにしていたのですが、22日(日)は張り切ってお出かけしました。
きっと何年経っても、何十年経っても心に残る特別な日……。いつまでも色あせることなく、大切な思い出の日になるだろうなと思いました。
今回はこの日のことを前編と後編に分けて書いてみますね。

*いざ、葉山の海へ
ようやく取れた夏休み。
この日、大好きな友人・おーちゃんとなみさんと一緒に葉山に行きました。
目的は大・大・大好きな二人のアーティスト、ネィティブ・フルートの真砂秀朗さんとピアノのウォン・ウィンツァンさんのニューリリース「エターナル・トルゥース」のコンサートです。
開演が夜なので、逗子駅に4時集合。
「海が見えるカフェでお喋りして、コンサート会場に入ろうねっ!」と、妙齢3人の乙女?はワクワク、きゃ~きゃ~と全身で再会を喜びましたが、土地勘がないのでお店の当てもない。
しっかり者のおーちゃんはちゃんとネットでお店を調べてくれていて心強いこと、この上なく、「とにかく、コンサート会場の近くの海に行こう!」と葉山マリーナ方向の海廻りのバスに乗り込みました。
なみさんはこの無計画な行動に、「冒険するの~?!」とばかりに「え~~!」と叫んでいます(笑)。
「ねぇ、葉山マリーナと森戸海岸、どっちがいいかな」とぼそぼそ話をして、思わず、目の前にいらしたお母さん世代のご夫妻に「あの~、海の見えるカフェに行きたいんですけど~」とご相談。
お父さんと呼びたくなるような優しいご主人が「葉山マリーナは高いからなぁ」。お母さんが「森戸海岸のデニーズがいいわよ」と教えてくれましたので、私たちは「おー、デニーズならお財布に優しいよね」と即決。こうして行き先が決まりました。
丁寧に降りるバス停を教えてくださり、「じゃあ葉山を楽しんでいってね」とバスを降りていかれ、「良かったね~」とまたまたはしゃいでいる私たちに、となりに座っていたおばあ様が「海の目の前に住んでいるんだけど、今、プールに行ってきたのよ」と話しかけて下さったりと、心は乙女の私たちは地元の方と触れあう小さなバス旅行を満喫。
森戸海岸のバス停に着いて、すぐ隣に交番が。
これはもう、デニーズがどこか聞くっきゃないと「こんにちは~」と無人の交番に入り、奥にいたおまわりさんに道を教えていただきました。
さらにデニーズからコンサート会場までの行き方とタクシー会社の電話も教えていただき、おまわりさんの「あなたたち、どこから来たの?」の問いかけに、元気良く、「東京~、横浜~、川崎~」とまるで中学生みたいに答える私たちでありました(笑)。
髪の毛が半分白くなっているおまわりさんは、頼もしくて大きな熊さんみたいでした。

*たわいもない話がきらめく時間を作る……。
「出逢う人、みんな優しいよね~」と顔をほころばせながら、教えてもらった方向に歩くこと3分。あった、ありました、海の見えるデニーズ!
まるでリゾートホテルのような可愛らしいたたずまいのファミレスで、ホントに海の際に立っていて、私たちはゆるりとした階段を登り、店内に。
「テラスにしますか、店内のお席にしますか?」の声に、3人揃って「海の見える窓際の席~」とまたまた元気なお返事をして、わりとすいている店内を進んで、しっかり海の見える席をキープ。「えへへ~」と混じりけのない笑顔。それだけで楽しくて仕方がない。
オーダー即決のなみさんとあれやこれや迷っているおーちゃんと私はようやく決まったスィーツとコーヒーをオーダーし、ひと息ついて、金色に染まりはじめた海をみつめました。
「海だぁ。来てよかったね~」と、ちょっとした冒険を成し遂げた気分で肩の力が抜けていきます。
私のミニ・チョコパフェにトッピングしてあるシリアルがロップ君のウン○にそっくりで大笑いしたり、愛犬紹介や愛ウサギ?紹介が続き、写メを見ては「可愛い~」を連発。
たわいもない話がキラキラした時間を作っていきます。
誰も“心に残る名言”みたいなことは言わないし、もちろん悪口も噂話もなしで、ただ、記憶にない遠い昔、約束したとおり、一緒の時間を楽しんでいました。
すっかりたそがれ色になってきたテラスに出て、気持ちの良い海風に吹かれ、大きな夕日を無心に見つめ、「あっ、写真撮らなきゃ」と3人いっせいに携帯電話を持って撮影開始。
「私、ストラップに鈴が付いてるの~」となみさん。中村鶴城さんのリサイタルに来場し、携帯電話“鈴”事件を知っている者ならではのウィットにまたまた爆笑です。(このお話はNO.36をご覧になってくださいね)
それぞれに海を眺め、つかの間、それぞれの孤独もひとりで抱きしめ、今の光が明日へ続いていることを確信している強さを持っている……。
子供のような笑顔で成熟した心を持つ大人の友人たちを私は本当に誇らしく思うのでした。

*えっ、UFO?
ワイワイしながら一緒の記念写真を撮って、携帯カメラをきらめく夕日に向けたら、カメラの中になにやら不思議なものが。
「なんか動いてるよ~」「え~、どれ、ホントだぁ!」「やだ~、私のにも写って、動いてるよ~」。
真っ赤に輝く夕陽のそばを小さな点のようなものが不規則に動いていたのです!しかも全員の携帯カメラに写っている。面白いことにそれは肉眼では見えないのです。
「ねぇ、これ、UFOじゃない?」「そうなの~?きゃー、くるくる動いてるよ~」「宮崎さんがよく携帯でUFOを撮っていて、『肉眼では見えないけど、カメラの中では動いているんですよね』って言ってたけど、ホントなんだね!」と興奮しまくりの私たち。
周りでは子供が笑いながら走りまわり、カップルは指を絡ませて夕陽をみつめ、サングラスが似合うカッコイイお兄さんは美味しそうにビールを飲み、それぞれが金粉を降りかけたような海を見ています。
UFOらしきものが映った写真は、その数時間後、“ちょっと見える”タイプのあやこちゃんが、「あ、それ、UFOですよ」とさらっと言い、「そうなんだぁ~」と3人同じ仕草でうなずきました(笑)。
私はUFOらしき写真が撮れたことよりも、あの夕陽のタイミングで、あのテラスで気持ち良くゆるんだ人たちの中で、きゃあきゃあ言いながら3人で写真を撮ったり、瞬間、海と自分だけみたいな感覚になったり、おーちゃんとなみさんが友達でよかったなと胸の奥がキュンとしたことが嬉しかったし、魔法のような特別な時間だったなと思ったのでした。

6時半になり、コンサート会場に行こうとタクシーを呼ぶも、込み合っているせいか電話が繋がらない。熊のようなおまわりさんから、「この辺は流しのタクシーは来ないよ」と言われていたのですが、「タクシーが来ました。ありがとうございます!」と言って外に出たら、10分後にはタクシーに乗っていた私たち。すごいなぁ。
おーちゃんが諦めずにタクシー会社に電話をかけてくれたお蔭です。さらに空車まで来ちゃって、「神様、ありがとうございます。1台で充分です~」とお礼を言ったのでした(笑)。
まるで魔法がかかっているような、すべてが完璧に整えられた無垢な一日だったのです。

小さな冒険気分いっぱいでコンサート会場へ。そこで私たちは、あの世とこの世の扉が少し開いたような、ピュアで敬虔な気持ちになる音楽の夜を迎えることになったのです。そう、この日は旧暦のお盆だったのです……。

後編へ続きます。

2010年7月28日 (水)

No36.舞台に立つ者の気持ち、観客の気持ち

Photo_4 7月25日(日)は仲良しの中村鶴城さんのリサイタルのお手伝いに行ってきました。
一年に一度、開催されるこのリサイタルが本当に楽しみで、私は毎年ステージマネージャーを努めています。
普段、表舞台に立つ私が完全に裏方役となる日です。目配り気配りをしながら、無事、鶴城さんのステージが滞りなく進行するのをサポートしています。
今回は驚くような出来事がありました。
そこで舞台に立つ者の気持ちと芸術鑑賞をする際のマナーについてお話させていただこうと思います。
鶴城さんは私の「プロフィールページ」にもご登場いただいていますので、是非、こちらもご覧になってくださいね。

*突然、鳴り響いた音
今回の上演作品は「一遍上人琵琶伝」。
『十六年間にわたる回国遊行。信不信を選ばず、浄不浄を嫌わず、南無阿弥陀仏の名号を称えながらひたすら札を配り続けた「捨て聖」、稀代の生涯を語る。口語体の語りと文語体の琵琶歌を組み合わせた新しい琵琶語り「琵琶伝」4作目。』
鶴城さんの語りと琵琶の音色は、まるで一遍上人はこういう方であっただろうと思わせるほど、一遍上人のエネルギーが鶴城さんの身に移り、自我を捨て切った祈りの姿を映し出していました。
伝統文化の琵琶語りを優しい口語体にして、時に笑いを誘う舞台は磨きぬかれた芸術です。
会場はシンと静まり返り、演者である鶴城さんは神経を研ぎ澄ませ、奏でる音に集中していきます。
私も舞台の扉を閉めた下手(しもて)でモニターを見て、上演を見守ります。そのモニター画面には舞台上の鶴城さんの姿、客席の様子、ロビーの様子なども映し出されています。
ところが開演して10分も立たないうちに、モニターから携帯電話の着信音が大きく鳴り響きました。しかも着メロです。さらに、なんと鈴の音まで大きな音で鳴り響くではありませんか。鈴の音の正体は携帯ストラップの鈴でした。
もう「うわぁ~!ありえない!」という感じです。
会場が少しざわめき、ロビーではスタッフが走り、ロビーに座っていた奥様も立ち上がり……。ロビーに設置されたモニタースピーカーからも、この音が大きく聴こえたのでしょう。
私はすぐに舞台扉の小さな窓から鶴城さんの様子を確認しました。ひょっとして演奏を止めて袖に戻ってくる可能性があるからです。
鶴城さんは微動だにせず、演奏を続けていました。その精神力の凄さたるや、言葉もありません。
ホッとしつつもその心中を察し、1部の残り50分を乗り切れるよう祈りました。

*気持ちよく鑑賞していただくために
実は近年、ご来場のお客様の携帯電話による“音の被害”が増えていました。
開演前に「携帯電話の電源はお切り下さるよう」というアナウンスを流しているにも関わらず、携帯電話の着信音が鳴ります。ご年配の女性のお客様が多い事もあるのでしょう。携帯電話には可愛らしい鈴の根付がついています……。
上演中、あちらでチリン、こちらでチリンと、鈴の音が静かなホールに大きく響き渡っていました。当然、ライブ録音のCDにもその音は消すことが出来ずに収録されています。舞台上の鶴城さんも奏でる音に神経を研ぎ澄ませて演奏しているので、とても気になっていたそうです。
そこで今回は開演直前に、テレビの前説のように裏方の私がステージに出て、お願い事項としてお客様に「携帯電話の電源をお切りいただき、鈴のついた携帯電話をお持ちの方は手に持たず、必ずハンドバックの中におしまい下さい」とお伝えし、ご理解いただきました。
それにも関わらず音が響き渡りました。さすがに周囲の方々からの冷たい視線に耐え切れず、そのお客様はロビーに出られ、周囲のスタッフに「ごめんなさいね」とひと言、謝ったそうです。ご本人も身の置き所がなかったことでしょう。
なんでも電源の切り方が分からなかったとか。これはありえますね。私の両親もこういったことが出来ません。高齢のため新しいものに対応できなくなっているのです。
今後、そういったことに対する対策も考えなければならないのですが、やはり気持ちよく演奏をして、お客様にも気持ちよく鑑賞していただくためには、まずマナーを守ることが大切だと思うのです。

*命がけの演奏
日本の伝統芸術の筆頭といえば歌舞伎です。格式も敷居も高い世界ですが、客席ではお客様がお弁当を食べながら鑑賞しています。これは江戸時代からの大衆芸能としての名残とも言えるでしょう。「歌舞伎はお弁当を食べてもいいのに、なぜ琵琶語りは静かにしなきゃいけないの?」と思われるかもしれません。歌舞伎でも携帯電話やお喋り、不要な音を立てるのはNGなのですね。
クラッシックの音楽会はもっとマナーに厳しい。開演してからは入場できませんし、皆さんドレスアップして来場されます。ヨーロッパ圏では芸術文化への理解が深く、それを鑑賞する側も成熟しています。日本でもクラッシックファンはこれに倣っています。
一昨年の事ですが、終演30分前に来場されたお客様が「客席に入れてくれないなら、料金を返せ!」と詰め寄ったことがありました。ひとつの段落が終わらなければ、途中入場は残念ながら無理なのです。
なぜならば、研ぎ澄まされた空間に入っていくことは、その場の空気を乱してしまうからです。演奏者はギリギリまで自分を磨き芸を磨き、高め上げていきます。
舞台の上では命がけで演奏しているのですね。
私もステージに立っているときは絶対集中をしています。客席で不用意な物音がすると、そちらに神経が引っ張られ、集中が途切れてしまい、ミスをしたりします。
鶴城さんの公演はライブ録音をします。そしてそれは後日、CD作品となるのです。レコーディングスタジオではなくライブ録音するということは、客席のお客様のエネルギーを受けて演奏者がさらにパワーアップした演奏が出来るのですね。会場と呼応して作品を作り上げているのです、お客様と一体となっているのです。

「認めたものが存在する」という引き寄せの法則もありますが、今回の出来事はまさにビンゴ!という感じでした。私たち主催者側もかなり過敏になっていたのでしょう。
お客様にも楽しく鑑賞していただくためにも、マナーを守る意識を高めていただき、「お客様が演奏者の力を伸ばしているのだ」ということも知っていただきたいなと思いました。
終演後、鶴城さんは着信音と鈴の音が入った個所をひとりで舞台で演奏して録り直しをしました。もう一度、神経を集中させて一発で決めるその姿と実力に頭が下がる思いでした。
どうしてもライブでお客様がいる状態とはエネルギーが違い、そのときの声や演奏のテンションも違うからです。
気楽に芸術を楽しみたいというお客様の気持ちと、舞台の上で死んでもいいという演者の壮絶な想い……。一見、相容れない双方の思いですが、お互いが理解を示し、受け入れていくことでさらに美しい芸術の花が開くのでしょう。
演奏者がリサイタル当日に向けてどれだけのエネルギーを使い、準備をし、作品を仕上げてきているかを僅かでも知っていただけたらと思いました。
来年の中村鶴城さんのリサイタルは「親鸞聖人」だそうです。どうぞお楽しみに。

今回のエッセイは、中村鶴城さんのご了解を得て書かせていただきました。

2010年5月29日 (土)

No33.純愛~たったひとつの愛を貫いて

Photo_5 6月は結婚シーズンですね。ジューンブライドに憧れて結婚式を挙げられるカップルも多いことでしょう。

ヨーロッパでは昔から「6月の花嫁は結婚の女神に祝福されるので幸せになれる」と言われています。これはローマ神話のゼウスの妻である女神ジュノーの生まれ月に由来し、彼女が「結婚」と「家族」の守護神だったからだとか。女神ジュノーが花嫁の味方だと思うと心強いですよね。
そこで今回は「結婚後も純愛」をテーマにお話しようと思います。


2月に急逝された月のテンポの音楽家・片岡慎介さんのご家庭での姿を通し、パートナーを愛することについて、ご一緒に考えてみたいと思います。男性陣にはちょっと耳が痛いかも、です(笑)。

*初めて知った家庭での片岡さんの姿
私も結婚して20数年になりますが、その間、山あり谷あり、結婚は魂の磨きあいだなぁと思うこともしばしば。
先日も河口湖に一泊の出張をしたのですが、私が家を出るとき、主人がものすごく嬉しそうでした(苦笑)。ま、ひとりで伸び伸びする時間も欲しいのでしょう。
夫婦は時の流れと共に、独身時代の燃えるような恋愛感情がいつしか家族としての強い絆に変化していきます。呼び名もパパママになり、お互い空気のような存在になり…。ふとした瞬間、ヨン様にハマるというのも分かりますね。
しかし、世の中には新婚当初そのままのような夫婦もいるのです。それが片岡慎介さんご夫妻です。

片岡さんが亡くなられて四十九日の納骨前、アーユルヴェーダの西川眞知子先生と片岡家にお伺いしたときのことでした。
それは私たちがお願いしてお話いただいたというより、片岡さんの生前の思い出話として自然に、奥様とお姉さま、お嬢様がお話くださったのでした。
聞いてビックリ!私たちが知っている片岡慎介さんは、ダンディで人に対して心配りの行き届いた本当に優しい方でしたが、実はご家庭ではその何倍も優しくてお茶目な方だったのです。

*夜明けのコーヒーを飲みながら
片岡さんは音楽家でいらっしゃるので、お家での作業がほとんどで、ご家族と過ごす時間が長かったのでした。
元来、外に出るのはあまりお好きではなかったと伺い、これまたビックリ。
毎日、3時になると「お茶にしましょうか」とニコニコしながら仕事部屋から出てきて、美味しいお茶を自ら家族に入れてくださって、好物の甘いお菓子を幸せそうに召し上がっていらしたそうです。
結婚すると男性は段々、口数が減り、外では周囲と大いに語らい、優しく理解ある社会人として活躍していても、家に帰ると奥様との会話は「風呂、飯、寝る」など、一日10分も無いなんて統計もあるほどです。
確かに我が家もご他聞にもれず、新婚当初と比べれば、夫婦の会話はグンと減っていますね。話さなくても分かるといったこともあるのでしょうが、あきらかに手抜きです(笑)。
ところが片岡家は違いました。奥様とふたりで夜通しお茶を飲みながら、ずっとお喋りされていたそうです。今日一日のこと、新しいCDのタイトルについて、お仕事でご一緒する人々のステキなところや、この先の計画などなど。それを毎晩、夜明け近くまで奥様とお話されていたそうです。


私が「もう眠いから、そろそろ話が終わらないかなと思ったことは無かったのですか?」と伺いましたら、「全然、そんなことありませんよ。ふたりで話しているのが楽しくて。主人の話を聞くのが私の仕事なのです」と。
さらに「ケンカしたことは?」には、しばし考えられて「無いですね~。あえて言うならば、「パパ、今日はもう甘いお菓子、2個目ですよ。お控えください」と申しましたら、「プン!それならもういいです」と拗ねたことくらいでしょうか(笑)」。
私はインタビュアーとしての血が騒ぎ、「じゃあ、片岡さんの欠点は?」と伺いましたら、「う~ん、無いですねぇ。まぁ、話が長いということくらいでしょうか(笑)」と。
さらにもうひとつ畳み掛けるように伺った質問に、驚きの答えが返ってきたのでした。

Photo_3 *僕にはママがいるじゃありませんか
多くの人が時にパートナーの愛を疑い、自ら苦しい世界に足を踏み入れてしまうことがありますよね。そこで、「男性はオスの本能として、種の保存と言う名目で浮気をすることがありますが?」という問いに、奥様はこう答えられたのです。
「私がこのような体なので、主人が外でお付き合いしている女性がいてもおかしくない、主人はモテるし、周りには綺麗な方がいっぱいいるでしょうし。そんな心の奥で抱えていた辛い気持ちを冗談めかして主人に聞いたとき、主人は目を真ん丸くして、「どうして?僕にはそんな人は必要ありませんよ。ママがいるじゃありませんか」と答えてくれたのです」。
奥様は2番目のお嬢さんを出産して一年後に、全身の神経に激痛が走るリュウマチを患われていたのです。そのため子育てや家事など奥様のお姉さまが全面サポートしてくださっていました。妻としてご主人の面倒を見ることが出来ない切なさ……。
そんな心身ともに痛みを抱える奥様を片岡さんは全身全霊で愛していらっしゃったのです。


「そうは言っても知らなかっただけじゃない?」と思う方のために、お姉さま、お嬢様のお話も添えておきましょう。
「ダディは本当にママが一番で、私たち子供は二番だったんです(笑)。家で食事をするのが好きなダディに、たまの外食で「今日は何が食べたい?たまには自分の好きなものを言ってね」と聞くと、決まって「パパの食べたいものは、ママの好きなものです」と言うんです」とお嬢様。
「慎介はどこにいても必ず、「今、現場についたよ。今、終わったよ、もうすぐ帰るよ。今、デパートだけどお土産は何がいい?」と必ずママに電話をしてくれていたので、居場所が分からないということがありませんでした」とお姉さま。
「父はユーモアがあって、物まねをしたり、いつも家族を笑わせてくれて、人を驚かせることが大好きでした」とお嬢様。
「人の良いところを見つけて、褒めて、応援するのが好きな人でした」とお姉さま。
まだまだお話は続きましたが、やがて私たちが知らなかった片岡さんの作る音楽の根底にある想いを教えて下さったのです。

Photo_6 *神様はお手本のような夫婦を作られた
片岡慎介さんは月のテンポ116の発見者であり研究家です。お月さまのゆったりしたリズムを取り入れた音楽を制作されて多くのファンがいます。
実はその音楽は、すべて奥様のために作られていたのでした。「主人が「この音楽ならママの痛いのが治るかな」と言って作品を創ってくれていたのです」。
片岡さんの音楽がどうしてあんなに優しく人の心の奥を緩め、癒してくれる旋律なのかが初めて分かりました。すべては愛する人のために、愛する人を癒すために……。

奥様は可愛らしいちょっとはにかんだ笑顔で、「一日に何度も「愛してる」って言ってくれるんです。私は恥ずかしくて「パパと同じ気持ちです」と言うんですが、「ちゃんと口に出して言ってくれなきゃダメ」と言われて」と教えてくださいました。
それを聞いた私たちは羨ましくてポ~っとなってしまい、西川先生は「その離婚、ちょっと待った!という本を書きましょうよ!」と奥様の背中を押して、みんなで大笑いしたほどです。
お話はすべて現在形でした。まるでもうすぐ「ただいま~」と片岡さんが帰ってくるみたいに……。
素晴らしい思い出ばかりなので、亡くされた悲しみがよりいっそう深く……。
お嬢様が「結婚は墓場だ、良いのは最初だけ。とよく言われますが、私は両親を見て育ったので「そんなことないのに」と、いつも違和感を持って聞いていました。結婚って素晴らしいと思います。私も両親のような結婚をします」と真っ直ぐな瞳でおっしゃったのが印象に残っています。

これらのお話を5月11日のサトルエネルギー学会月次セミナーで講演をしたとき、冒頭での奥様とのトークインタビューで、いくつかお話していただきました。
参加者のお一人が「神様はお手本のような夫婦を作られたのですね」と感想をおっしゃいました。
驚いたことに、この日は片岡慎介さんの百ヶ日だったのです。

*ただひとつの愛を貫いて
片岡さんと私の共通の友人でもある室礼の塚田夢笙さんが、昨年のクリスマスに新宿の高島屋のイルミネーションを見ていたら「向こうの方に、綺麗な大きな光の玉がふたつ見えたの。その光の玉がだんだん近づいてきて、何だろうと思ったら片岡さんご夫妻だったの。奥様の車椅子を押しながら、二人でクリスマスのイルミネーションを見に来ていたの…」と、片岡さんのご葬儀のときに涙ながらに話してくださいました。
もしかしたら深いところでご自分の旅立ちを知っていたのかもしれません。
奥様は「今年はかぐや姫のステージを作ろうと言っていたのに。本人がかぐや姫のようにお月さまに帰っちゃったわ」と小さく笑いました……。

沢山のすばらしい音楽と思い出を作り、周囲を笑顔にして、ただひとり奥様を愛しぬかれてお月さまに還られた片岡慎介さん。
女性だったら誰もがこんな風に愛されたいと思うことでしょう。そしてこんな風に人を愛しぬきたい……。
「人類愛は、まず家庭から」と教えていただいたように思います。
目の前にいる人を幸せにしてこそ、世界が愛に満ちて平和になるのでしょう。

純愛って、こういうことなのかもしれませんね。

*このエッセイは片岡家から快いご了解を得て書かせていただきました。

2010年3月 1日 (月)

No28.お月さまとの約束~片岡慎介さんを偲んで

夜空を見上げて星に祈る、流れ星を見つけて願いごとをする……。
きっと多くの方が経験されていることでしょう。特に女性はそうかもしれませんね。
ではお月さまはいかがでしょう。お願いをするというより、月の美しさを愛で(めで)たり、月明かりを頼りに歩いたり、月の満ち欠けを目安にする……。お月さまが出ているとなんだか安心します。
私も月明かりが大好きです。ほんのりして、優しくて、月の光を浴びていると心が柔らかくなる感じがします。
今回は2月1日に急逝された、お月さまのメッセンジャーであり、音楽家の片岡慎介さんが教えてくださったことについてお話させていただきますね。
片岡慎介さんについては、このサイトの「プロフィール」「お仕事」ページでご紹介していますので、こちらもご覧になってください。

Photo *片岡慎介さんとの出会い
片岡さんとの出会いは「水からの伝言」著者、江本勝先生が開催された、第一回「ウォーターフォーライフフェスティバル」(NPO国際生命の水協会)で、片岡さんが音響担当、私が司会でした。
そしてその翌年のサトルエネルギー学会秋の大会「10周年」の司会に、私を推薦してくださったのです。もう7、8年のおつきあいになるでしょうか。江本先生が結んでくださったご縁と言っていいでしょう。
以来、折に触れ、公私共にご一緒する機会が増え、私は片岡さんの世界観を理解できるようになっていきました。
片岡さんが長年にわたり研究されてきた「絶対テンポ116」は、お月さまの持つ穏やかなテンポであり、そのテンポを取り入れたCD「つきを呼ぶ音楽」は、心と体の波動を整え、潜在意識を活性化するのに最適といえるものです。

*お月さまのテンポは中庸
2001年に初めてお月さまから「つきのテンポは116ですよ」とメッセージを受けて以来、いくつものメッセージを受け取り、それを音楽にしていったところ、片岡さん自身が過去に願ったことの90%が実現されたそうです。
この「テンポ116」を発見し、研究した結果、これはお月様のテンポ、体内時計と言っていいと結論づけ、「絶対テンポ」と名づけられました。
24時間の太陽のテンポではなく、女性の体の周期および月の満ち欠けとリンクしていたのですね。
116はクラッシックの世界では、モデラート。しかもモデラートのテンポ幅の中の中間です。これは早くもなく遅くもないといった刺激のないテンポです。
多分、楽曲として成立させるのはかなり難しいのではと思いますが、聴く人にとってはとても心地良く、体にすんなり入ってくる音楽ですね。穏やかさがあり、揺らぎに通じる感覚があると思います。
例えるなら、暑くもなければ寒くもない。全然スパイシーじゃないけれど、栄養価が高く体にはとても良いお料理、とも言えそうです。
つまり中庸ですね。一番バランスが取れている状態のことです。イチローやタイガー・ウッズも自然とこのテンポを取り入れているそうですよ。
このテンポの音楽を聴いていると、自然に体や心が調整され、バランスの良い状態になるそうです。
私も「月を呼ぶ音楽」を聴いていると、とっても心地良いので瞑想をする前や部屋の雰囲気をクリーンにしたいときに良くかけています。
片岡さんはこの中庸をとても大切にされていました。
どちらにも傾かない。みんなと仲良くして調和する。
それぞれの立場を理解しながら全体を見てバランスを取っていく姿は、私にとっても大いに勉強になりました。
中庸であること。今に時代にすごく大事なことだと思いませんか?

Photo_2 *お月さまにお願いする
片岡さんはお月さまをテーマにしたCDや著書をたくさん出されていて、よくおっしゃっていたのが、「お月さまに聞く」「お月さまにお願いする」ということでした。
私も本を出すに当たって、こんなアドバイスをいただいていました。
それは昨年秋のサトルエネルギー学会「秋の大会」での休憩中のこと。
お弁当をいただきながらお話していると、「はるかさん、変わったね。『あなたお先にどうぞ』っていうのがなくなったね」と嬉しそうな顔で言ってくださったのです。
さらに「はい!私、やります!っていう感じになったよね」とおっしゃったのです。
ドキリ!私は特別そういうことを言ったわけではないのですが、ちゃんと心の姿勢が変わったのを感じ取ってくださっていたのです。「さすが、片岡さん。見ているなぁ」と思いました。
そこで本を自費出版で出そうと思っていることをお話したら、「じゃあ、お月さまにお願いしたらいいよ。どうせ出すなら出版社から出したら?印税も入るし、Amazonにも置けるよ。お月さまから見たら、下(自費)から行くのも上(出版社持ち)から行くのも、これくらいしか変わらないのだから。それだったら上から行ったほうがいいじゃない」と親指と人差し指をわずか5ミリくらい離して、「これくらい」と教えてくださったのです。
さらに「こっちが、『お月さま、まだですか~?』と言っても、それはお月さまの判断で叶う時期が決まるから、あせらず待つことだよね。もうその時点でどこの出版社かは決まっているのだから」と。果報は寝て待て、なんですね。
このお話を聞いて、自分の都合で、「早く、早く。まだなの?」は間違っていたのだなと気づかされたのです。
遠慮なくお月さまにお願いをして、一番良いときにお月さまが叶えてくれる……。
だから安心して今、置かれている場でやるべきことをやり、心明るく生きていきたいなと思います。そしてもっとお月さまに甘えてもいいのだなぁと嬉しくなりました。

*アセンションのこの時代に
私の本に関しては、桜の時期に間に合わせて出したかったのと、気軽に買っていただける金額で、「必要な人のところで、お役に立って、働いてくれる本」を目指し、結果、出版社をつけず、完全手作りの自費出版にしたのです。(詳しくは3月30日のトップページでお伝えします)
片岡さんは「とても安く制作できる出版社があるから紹介するよ」と言ってくださったのですが、後日、自分で決めたことをお話しすると「それもいいね。まず実績を作ることが大事だからね。じゃあ、今度、僕の月次セミナーで講演をしよう。テーマは本のタイトルにして、そのとき本も売ろうよ」とまでおっしゃってくださったのでした。
この講演も事務局が引き継いで、私はそのまま5月に講演をさせていただくことになりました。私の初めての本をお祝いしてくださる「完成発表会」にも発起人として名を連ねてくださって……。
今年もいくつもの約束をしていたのですが、その中で一番大きなプロジェクトがありました。
新説「かぐや姫」のステージです。アセンションのこの時代に、月の使者として地球にやって来たかぐや姫の意味とは……。
これは片岡さんが露天風呂に入ってお月さまを見ていた時、メッセージとして受け取ったのだそうです。私は語り部とともに、このプロジェクトの中心核のひとりでした。
片岡さんが生涯、伝え続けていたのは、武器を捨て平和で調和した世界になること、人々が豊かで幸せに暮らせる世界の実現でした。それには新しい時代感覚に目覚めていくこと。対立ではなく統合です。
今後、片岡さんを愛する多くの仲間とともにその志を引き継いで、かぐや姫のステージを近い将来、必ず実現させたいと思います。

まるでかぐや姫のように、ご自身があっという間にお月さまへ還って行ってしまった片岡さん……。
最も身軽な体になって、地球を守るお役目に就かれたのでしょう。
そしてこれからはお月さまを見上げるたびに、片岡さんの愛を月の光とともに、誰もが無限に受け取るのでしょう。
いつかご恩返しをできますよう、片岡さんが願った平和な世界を実現できますよう、お月さまの光に約束しますね。
月の使者・片岡慎介様へ 
地上より愛と感謝とこめて 武田はるか

2008年11月24日 (月)

No.2 音楽への想いと「伝える」という使命を胸に……

私自身のことを皆様により深く知っていただくための、なが〜〜い自己紹介パート2は……ヒーリング音楽に対する想いや、伝えるという使命についてお話しさせていただきます。

*聴いてきた音楽、そしてヒーリングミュージック*

Photo_75 十代の頃から洋楽を聴きながらも必ず、イージーリスニングといわれる音楽を聴いていました。ポール・モーリア、リチャード・クレイダーマンなどなど。そして、富田勲「惑星」とボストン「宇宙のかなたへ」を聴いたときの衝撃!さらに喜多郎さんの登場。シンセサイザーの近未来的な音の広がりに魅了されました。

 仕事では型どおりの洋・邦楽の紹介をするDJであったものの、プライベートでは環境音楽、ニューエイジ音楽と呼ばれる作品を好んで聴いていました。80年代の終わりから少しづつ欧米アーティストたちによるヒーリングミュージックが日本でも買えるようになってきて、CDショップを巡り宝物を探すように一枚づつ見つけていったのです。
また日本のアーティストもだんだん増え始めてきました。

それらの曲を耳にすると、その質の高さに驚くとともに、あきらかに今までの軽音楽とは一線を画すのです。心の奥に響き、揺れている心を鎮め、時には痛みをやわらげてくれる…。今ではよく知られている「f分の1の揺らぎ」といわれる音の波形が特徴の音楽たち。ですが、番組として成立させるにはまだ数が少ない、情報も少ない。ショップで作品を並べてあるコーナーもバラバラ。しかも環境音楽だったり、沖縄民謡だったり…。歌の無い音楽はBGMとして扱われていた時代です。

「もったいない!こんな素晴らしい心の奥に響く楽曲をBGMに使うだけなんて」と憤慨していました。「ちゃんと楽曲としてリスナーに届けたい」「ショップに行ったら迷わず買えるようにしてあげたい」と思ったのです。以来、個人的に応援し始め力を注いでいきました。

Dj  そしてチャンス到来。NHKラジオ第一でレギュラーを持っていた私は局内で、FM担当者と親しい方に思いを伝える事ができたのです。企画書を書き、話を聞いていただきました。初め「こういう軽音楽は…」と言われ、ディレクターとデスクの理解が得られないまま、人の心の内奥に届く安らぎの音楽とトーク、音楽の持つ癒しの力…を力説し、なんとか理解してくれたプロデューサーのお陰でオンエアが許されました。
それがNHK・FM「ミュージック・ファンタジー」です。阪神・淡路大震災、サリン事件の翌年の春のオンエアでした。その2年後、「Feel」の大ヒット。ようやく大衆が認知してくれた音楽になりました。

 このころから、プラネタリウムのヒーリングミュージック番組でナビゲーターも担当し、なんでも器用にこなすアナウンサーから希少価値を持ったパーソナリティに変わっていった気がします。ここでのインディーズのアーティストたちとの出会いは大きな財産となり、さらに私の動きは活発化していきました。

 雨後の竹の子のように出てくるヒーリングミュージック…。大きな媒体をバックにもつアーティスト…。その中で本当に地球意識を持ち、質の高い音楽をインディーズとして活動しているアーティストたちもいること。私は特に彼らを応援していきました。

 メディアの露出の多さだけではなく、本当にお金を出して買ってよかったと思っていただける音楽。新旧問わず、長く手元に置いて愛して聴いていただける音楽をお奨めしたい。だからこれからもレビューを書いていきたい。文字は残りますから…。

 もちろん、声でも伝えていきたい。アーティストにとってCDが売れることは、次の音楽を生み出す力になります。リスナーにとって好みはありますが、ホリスティックな感覚と地球意識を音楽を通して知っていただけたらと願っています。

Photo_74 「普段はどんな音楽を聴いているのですか?」とよく聴かれます。実は家にいるときのプライベートタイムではあまり音楽は聴かないのです。これを言うとビックリされますが…(笑)。一人でのんびりしているときは、なんとなく外の音を聞いています。雨の音、風で木々がざわめく音、子供の声や車の音など…。
 音楽を聴くときは、無意識のうちに全身全霊で聴いてしまっています。外に出ると洪水のように音が体に入ってくる感じで、ちょっと疲れるときもあります(苦笑)。
ですから寝るときに音楽をかけていたらリラックスするどころか、真剣に聴いてしまって眠れません(笑)。

*「伝える」という使命について*

 どこに行っても「武田はるかは耳がいい」といわれます。絶対音感があるわけではありません。ただ、体全体、とくに皮膚から音楽を通して心身の内奥で聴いている…、そんな感覚です。そしてアーティストの想いや曲自体が持っている働き…とでもいうのでしょうか、これを聴きとるようにしています。これを言葉にしています。

 私たち地球に生きる人間にとって、魂に良い音楽、良い情報を声や文字で伝えていくのが、私の使命だと思っています。
 音楽や言葉はダイレクトに人の心身に影響を及ぼします。それは地球の健康に繋がっているのです。ですから私は、おおげさに思われるかもしれませんが、命がけで音を聴き、その音楽の想いを聴きとります。命がけで書いて、声にして、お伝えしています。 いつの日か、こういうことさえいらない美しい世界になることを祈って…。

*書くことによる表現の扉を開けて*

Photo_73  長年、声という表現で仕事をしてきましたが、2007年4月創刊の月刊「ナチュラルスタイル」誌(アクアパパ発行)で初めて“書く”というお仕事をいただきました。 「地球と私の健康と幸せ」がコンセプトのエコ雑誌で、「アネモネ」の元副編集長が私財を投げ打って発行したものです。
 アネモネ時代からのお付き合いでお声をかけてくださり、「CD評論だけでなく、ぜひアーティストインタビューもやらせていただきたい」とお願いして実現したのが、『武田はるかアーティストトーク』と『武田はるかピーストーク』でした。
 CDレビューは毎月6枚、「この作品はレンタルとかじゃなく、ぜひ買って聴いて欲しい」いうクオリティの高い作品をセレクトしてご紹介しました。文字で音を伝えることの難しさ…。それでも音楽たちは伝えたいことを教えてくれるのです。それは大きな喜びです。

 それまで番組の原稿を書いてはいたものの、雑誌に書くなんて初めての経験です。インタビューも、番組のそれとは違う神経を使いました。頭から湯気を出したような感じで締め切りに間に合うように書く、というのがいかに大変か実感!知恵熱ってホントに出るんですねぇ(笑)。(始めるに当たって、最初は家族や友人が心配して反対したんですよ)
 そして、取材をさせていただいたアーティストの皆さんが、何を一番言いたいのか、言葉に出来なかった想いをどう読者の皆さんに届けたらよいのか、読者の皆さんの生きるヒントになるメッセージは…。書くことの大変さと喜びも知りました。また本の世界で生きている方たちのご苦労もわかり、新しい世界の扉を開けたようでした。
怖がらずに新しいチャレンジをして自分の可能性を広げてみる…。そこには今まで見ることのなかった風景が待っています。年齢は関係ないんだなと実感しました。そして目先の利益を追わず無心に取り組んでいくと、大きなギフトがやってくることも知りました。

新たな表現の場を与えてくださった吉田泰章編集長と、今までのお付き合いで快く取材に応じてくださった皆様に心から感謝しています。

 放送は「送りっ放し」と書きますよね。まさに読んで字の如し、されど放送…。
文字は残ります。いつか自分でも多くの方のお役立てるような本を出せたらいいなと、夢が膨らむまでに。 「しゃべる仕事の人間は書けるんだよ、いつか本を書きなさい」と10年位前に言ってくださった恩人である元NHKエグゼクティブ・アナウンサー島村俊治さんの言葉がよみがえりました。