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2012年6月

2012年6月25日 (月)

バースディ・イヴは靖国神社へ参拝

Photo ご無沙汰しました。お元気ですか?

日記と言うよりも月記?というブログになってきており……。

「楽しみに拝読しています」と、ありがたーいメールを頂き、A型の私は「すんまへんなぁ」と言いながら、万障繰り合わせてパソコンに向かっています。

お尻を叩かれないとダメなのかしらん。

さて、今日は私の誕生日であります。えへへ。

バースディメールを下さった皆さん、どうもありがとう!

いくつになってもお祝いの言葉を頂くのは嬉しいものです。

いくつになったかはさておき、とり急ぎ、昨日と今日のことを書かせていただきますね。

Photo_2バースディ・イヴの昨日は、靖国神社で昇殿参拝して英霊へ祈りを捧げてきました。

恥ずかしながら靖国神社へ詣でたのはこれが初めてです。

毎年夏になると首相の靖国参拝の是非が取り上げられ、それをテレビで見ていた程度であまり興味がなかったのですね。

今回、いつもお世話になっている元東大教授の中澤英雄先生から「靖国神社の祈りの会」のお誘いをいただき、心がコトコト音を立てたような気がして「あ、これは行かなきゃ!」と参加を決めたのでした。

堂々たる大鳥居をくぐりながら、「ここが日本を守っている神社だ」と肌で感じました。

誤解を恐れずに言うならば、格が違うというのはこういうことかと思いました。

参集殿に70人ほど集合し、知り合いも多く参加していたので、靖国神社デビューの私はひと安心。

英霊にご挨拶するのにふさわしい装いとあり、喪服?と悩んだ末、喪服に近い黒の組み合わせにしたのですが、キチンと感のあるワンピの方が多かったかな。

時間になるまで祈り心で待ち、昇殿へ。初めて足を踏み入れる世界です。ちょっと緊張しました。Photo_3

宮司様(でいいのかしら?)が丁寧に説明してくださり、昇殿参拝はみんながひとつのエネルギー体になったような不思議な一体感の中で英霊に祈りを捧げました。

20分ほどのあっという間の参拝だったのですが、とても静かで気が澄み渡り、祈っている内に時間や空間があいまいな感じになって……。

なんだかとても大きな愛と力で守られている感じがしたのです。

靖国神社に眠っている英霊は、今でも日本を守っているのだと思いました。

その想いの強さが伝わってきて、感謝の想いがあふれました。

参拝が終わり、帰り道の参道の途中に動物の慰霊碑も建っていたので、心から手を合わせて祈りを捧げました。

馬も犬も鳩も戦地で兵力として活躍して命を落としていたのですね。

人間はもちろんですが、動物たちにとっても戦争のない平和な世界を築いていかなくちゃと、強く強く思いました。

愛犬が軍犬として戦争に駆り出されるなんて考えただけでも泣けてくる。

お世話係をしていた友人からは「パール博士の本を読むといいよ」と勧められました。

日本について知らないことがたくさんあるのだと痛感しました。

今まで靖国神社イコール戦争というイメージがあったのですが、今回の参拝で靖国神社は日本の平和を守る要の神社なのだと心の深いところで受け止めました。

誕生日前日にこのような過ごし方をするのは初めてでしたが、参拝して良かったなと感謝しました。

さて、今日はアイスクリームがいっぱい集まり……、

あぁ、ここまで書いてくたびれてしまいましたでござる。

この続きはまもなくということでお許しを。すんまへんなぁ。

大丈夫、大丈夫! 私もあなたも大丈夫。

Photo_4

2012年6月 5日 (火)

すべては上手くいっている

Photo 私の師匠、エディさんがご移行されて今日で1ヶ月が経った。

天に還ったというと距離感があるが、すぐそばの別の次元で地球のために働いていると思うと、やはり移行という言葉が合うのかなと思う。

5月5日の朝に亡くなられたのだが、

その日は雲ひとつない青空で新緑が今までにないくらいに輝き、

「この世はこんなにも美しいのだな」なんて、思わず立ち止まって家々の生垣に見とれていた。

その直後に連絡をもらい、いつかこの日が来ると覚悟はしていたものの、胸にポッカリ大きな穴が空いた様な気がした。

久し振りに慟哭した。

不出来な私を25年間も面倒を見てくださった。何度救ってもらったことだろう。

言葉では表せないほどの愛と恩義がある。

夜には大きな満月が昇り、煌々と地上を照らしていた。

この1ヶ月の間に2回の大きなピースイベントがあったのだが、

2回とも大きな日輪が出て、しかも日輪の周りには虹が輝いていた。

大成功のサインを見せてくれたのかなと思う。

Photo_4

母も肺炎が治り退院し、認知症の薬を飲み始めた。

母も自分の人生プログラムを歩んでいるのだ。

「どうしてこんなことに」とかは、余計な想い。

かつて親友みどりちゃんの死で学んだことは、本人と神様との約束。

生き死には神様の御手にあること。

そしてどんな悲惨な状態にあろうとも、たとえ昏睡状態であろうとも、この世での塵芥(ちりあくた)を出来る限り落として、身軽になって飛び立とうとしている尊い姿なのだと。

母も同じなのだ。ただ父の気持ちを思うと切なくなる。

新宿髙島屋の今田美奈子先生の「サロン・ド・テ・ミュゼ イマダミナコ」で、私のコミュニケーション講座『心癒す言葉レッスン~上手なコミュニケーションのコツ』も始まった。

「こういう内容の講座を求めていたんです!」と駆け込むように受講を希望される声を聴くと、やはりご縁の出会いなのだなと思う。

エディさんから以前、「あなたの仕事はぐるぐる集会を巡ることではなく、外の人と会って光を渡すことだ」と言われていた。

本当にそのように道が繋がっている。

ただちゃんとご恩返しも出来ていなくて心が痛む。

今月に入り、頑張っていた気持ちが少し緩んできたようで、体に力が入らない感じがする。多分、もう少ししたら気持ちの整理もつくのかなと思う。

昨日はサックス奏者の苫米地義久さんことTOMAさんのライブのお手伝いをした。

口下手な(とご本人がおっしゃる)TOMAさんのトークサポートをして楽しいひとときだった。

光の粒子のような音色にお客様も大満足だった。

Tomaballads2120 TOMAさんも辛いとき、「すべてはうまくいっている」と言う。

2度目のガンは骨に転移していた。直腸ガンの定期健診のお蔭で見つかったそうだ。

「ガンのおかげで命が救われたよ」と笑って言う。

キャリアと実力を兼ね備えた音楽家が、「目の前の人を笑顔にしたいから」と、あえてストリートで演奏する。

だから時々、TOMAさんの姿が虚無僧に見えるのかしらん。

お客様の中に「これからお通夜に行くんです。25歳でまだ若いのに。看護師として頑張っていたのにガンで……。TOMAさんのお話とサックスが聴けて良かった。御供養になると思います」と言ってCDを購入してくださった。

こういうご縁があるのだなと胸が熱くなる。

救いの手はあるのだな。すべては上手くいっているのだな。

心痛むことや困難なことも多い人生だが、それでも、すべては上手くいっているのだ。

この1ヵ月半は忙しかったりぼんやりしたりで、多くの方に心配とご迷惑をおかけした。

温かく見守っていただいた。

ブログも書かないでゴメンなさい。

本当に私は果報者です。どうもありがとう。

May Peace Prevail on Earth

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